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 観測所・射撃指揮所の選定


砲火指揮官の位置をどこに選定するかについては列国海軍ともそれぞれ意見を異にしており、従来英・米海軍は檣楼を、独海軍は司令塔を選び、旧海軍では両者を併用する方針を採ってきました。 

この3つの方法の優劣を比較するためには、まず次の射撃指揮所選定上の必要条件を考えなければなりません。


ア.弾着観測に有利なこと

イ.敵弾に対する防御が良好であること

ウ.被害に対して速やかに応急措置が取り得ること


檣楼に指揮所を選ぶ理由 は専ら弾着観測に重きを置くものであることは論を俟ちません。 つまり、弾着観測は射撃指揮の基礎であり、その観測は位置が高いほど容易となるからです。

高所にある指揮所が敵弾に対して危険であることが予期されようとも、あるいはその位置の安全対策が十分でないとしても、攻撃は最良の防御であるとすることから、いかなる場合でも速やかな有効射弾を敵艦に与えることは絶対の要求であり、過去の戦例からも劈頭において有効な一撃を加えることが先制の利を占めるところとなることを示しています。

加えて、不慮の故障に対する予備としては同一の設備を有する指揮所を更に1個所独立して準備すれば足りることでもあります。


この 檣楼に射撃指揮所を選ぶことに対する反論 は、弾着観測とは英・米海軍のような距間観測を意味するのではなく、射弾の中心が目標に対していかなる位置にあるかを観測判断することであるというものです。

そもそも距間観測は観測者の眼高が高いほど精密であることは勿論ですが、その高さには自ずから限界があるのであって無限の高所を求めることは不可能なことです。

その一方で、戦闘距離は漸次延伸し、それまでの5~6千mが7~8千m、あるいは1万mとなるに及んで、この遠距離において距間観測にどれだけの信頼を置き得るのかという問題も生じてきます。

距間観測の精粗は目標と水柱の基脚間の水平距離が人の目で得られる角度の大小として得られるものを基礎とする以上、当然そこには超えられない限界があります。

近距離においては観測者が練度を積むに従ってそこそこ信頼しえるものとなるでしょうが、中距離以上においては到底信頼し得るものとは成り得ないことは簡単な計算でも容易に推論できるところです。

したがって、中距離以上においては距間観測によることなく、専ら適当な 夾叉濶度 の選定と 射撃中心(射心) の判断により射撃を指導しなければならないことになります。

この方法によるならば当時の司令塔の高さでも十分であり、絶対に高所でなければならないとする理由は無くなり、寧ろ敵弾に対する防御は良好であり、かつ被害時には速やかに応急対処を講じやすくなる司令塔を選ぶ方が極めて堅実であると言うことになります。

そして近い将来の戦闘は砲熕威力の増大と砲装の改善によりこれまでよりも一層激烈なものとなり、かつまた防御力の増進により更に強靱なものを備えること可能となることが予想されます。

したがって、日本海海戦におけるように劈頭の僅かな時間で勝敗を決するようなことはもはや望むべくもなく、必ず双方五分五分の押し合いとなる時間が生じ、この際に少しずつの差額の累積によって遂に対局を動かすような状況となると考えるのが自然です。 

当時、距離修正が実用に適さなくなってきたことは既に一般の定論となってきているところであり、単にこの修正法のために高観測所を主張することは根本的な誤謬であると言えます。


とは言え、観測上は低所より高所の方が有利であることは事実であり、当時の射法上要求される普通の観測、即ち前後左右及びその比例の観測でも決して容易なものではありません。 目標を外れた偏弾の遠近、前後に重なった数射弾の遠近比例の観測判断などでは特に難しいものがあります。 

これらの誤観測は射距離が延伸するに連れて益々その機会が増加するものであって、1万m以上の遠距離において射撃を開始する大口径砲の射撃指揮官にあっては、防御上の利益を犠牲とするよりも寧ろ射撃指揮上有利な位置を選ぶことが求められることも事実です。

旧海軍が 大口径砲の射撃指揮官の第1位置として前檣楼 を、第2位置を前部司令塔 に選定する方針はここにあります。

これに対して近戦を任務とする 中口径砲においては、これの指揮位置は大口径砲のように絶対的に高観測所を必要とするものではなく、寧ろ始めから防御良好でかつ確実に射撃指揮を把握し得る 前部司令塔 を選ぶべきとされていました。

また 分火指揮所は後部司令塔 とするのが適当であり、中には後檣楼を主張する者もありましたが、煤煙の爲に妨害を受けることが多いためこれは採用されませんでした。 


以上を要するに、観測所(射撃指揮所)の選定に関する旧海軍の方針は、当時の状況における射撃指揮上の要求に合致するものであると考えられていたのです。

ただし、将来的に測距儀、観測鏡などの機械的能力が改善された場合には、これらの施設に多少の変更を加え得ることが必要となることも考慮しており、独海軍が高観測所を廃棄したのは眼鏡の大いなる進歩の結果ではないかと見る向きもありました。


なお、煤煙、砲煙、振動及び爆風などは観測所位置設定上考慮すべき事項であり、特に高位置を選ぶ場合には煤煙と振動の影響が大きなものとなります。 また低位置を選ぶ場合には、これらの要素による影響はそれぞれ伯仲したものがあり、多少の位置の高低を決定する主要な条件とは成り得ないものとされていました。







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初版公開 : 08/Apr/2018







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