総 説申し上げるまでもなく、軍艦が戦場を縦横に走り回り敵に対して正奇虚実の妙用を発揮できるのはその運動力にあります。 運動力はそれ自体は直接の戦闘力ではなく、軍艦に搭載する兵器を使用するための手段に過ぎませんが、これの優劣は間接的に戦闘力に影響するものです。 したがって本来その価値は主として戦略的なものであり、戦術的には攻撃力又は防御力の様に一定の尺度で計算できるものではないと言えます。 運動力は速力と回転(旋回)力に分けることができます。 後者は、迅速、斉一、小さな旋回径の3つが求められます。 前者についてはその見解は各国海軍とも一定のものは無く、様々な議論がなされているところで、「速力論」なるものも交わされています。 これまでの軍艦建造の歴史を見ると、速力の増加は常に排水量の増加に伴っていることが解ります。 しかしながら、排水量の増加は速力に対する要求ではなく、最初は中口径速射砲の出現によりこれを多数搭載しようとしたことに始まり、次に中間砲種の採用となり、遂に巨砲全装式の出現するに至って漸次これを増大してきたものです。 したがって、速力の増加は排水量の増加の結果であると言えます。 これは速力は大きな排水量に伴うものであることは造船学上の原則とするところです。 このため速力にも時代に応じた一定の標準があり、時勢の進展に伴って攻防の2力と共に漸次発達するものであることは疑いありません。 もしこのことを理解せずに突飛に速力を増加しようとすると、却って攻防の2力を制約して戦闘本来の目的に反するか、あるいは排水量の激増を招き、例えば装甲巡洋艦が戦艦以上の排水量と建造費となってしまうようなおかしな事になってしまいます。 そもそも速力は攻防の2力のように信頼し得るものではなく、日露戦争におけるロシア第二艦隊の東航において証明され、また英海軍の演習において実験されたところで、更に戦時においては煙突の破壊、水線付近の損傷などにより一層の減少の機会が増加するものです。 もし艦隊中の一艦が不幸にして速力を失墜したならば、たちまち全艦隊の運動に影響するだけではなく、敵に対する1、2ノットの優速のようなことはこれによって直ちに敵と同等若しくはそれ以下に減ずることすらあり得ることです。 しかも、艦隊どうしの戦闘において2、3ノットの優速は戦術上大した特殊の利益をもたらすものではありません。 この様に戦術上格段の利益がないだけではなく、実際において極めて不安定である速力について、僅か2、3ノットの優速を得るために攻防力を犠牲にするか、あるいは排水量の増加を容認することなどは、戦術上何らの特別な理由となるものではありません。 したがって旧海軍においては、研究すべきは速力の優越が戦略上に及ぼす影響についてそれぞれの国情に応じての検討であって、これは砲戦術上の直接の問題ではないとし、砲戦術において考慮すべき点は速力とその他の諸要素との関係において戦術上に及ぼす価値についてであると認識していました。 初版公開 : 08/Apr/2018 |