水線付近の防御水線付近の防御は通常3重の設備によるのが一般的です。 即ち、水線装甲、炭層、及び防禦甲板です。 もし水線装甲によって砲弾を阻止するに十分な抵抗力があるならば、炭層及び防御甲板の斜面は元々必要ないことになります。 旧海軍の 「河内」 の防御甲板に水平式を採用したのはこの理由に基づくものです。 水線甲帯そもそも水線付近の破口は直ちに海水の浸入となって浮力及び復元力を害して一挙に艦の運命を決するものとなりますので、一艦の防御中で最も重きを置かれるところです。 そして、この防御が完全であるか否かは、主として水線装甲の厚さ、復員、及び長さによって決まってくることになります。 当時における戦艦の水線甲帯の厚さは近戦距離、即ち5~6千mにおいて12インチ被帽弾を阻止し得るものとされ、次に示すように概ね10~12インチのクルップ式甲鈑が採用されました。
(*) : 後の「ニューヨーク」(New York)及び「テキサス」(Texas) この表に示されるように、「安芸」及び「セバストポール」はむしろ例外の範疇であって、一般には上記のとおり10~12インチの間であると言えます。 もちろんこの表の装甲厚は必ずしも甲帯の全幅を通して同じであるのではなく、日・英のものを除き、水線部が最も厚く、上下両端はやや薄いものです。 また、全水線を通して一様の厚さであることは重量の関係からして到底これが許されるものではなく、ここに示す値は最も重要な中央部に止め、両端に行くにしたがって漸次薄くなり、終端では4~6インチとなるのが通例です。 装甲が艦首尾両端まで達するものを Complete Belt と称し、当時は専らこの形式を採用するものとなりました。 これは艦首尾水線もまた浮力及び復元力に関係することから、少なくとも敵の副砲弾の正撃に対抗し得る程度の強度を有する必要があるためです。 もし重量の関係で Complete Belt を装備できない場合、又は何かの都合でどちらか一方を薄くする必要がある場合は、特に前部水線を重視するものとされました。 理由は申し上げるまでもなく、前部の浸水は艦の操縦を大きく妨害することになるからで、かつその沈下によって飛沫を被り砲塔の使用が不便となるためです。 この水線装甲逓減の状況の例は次のようなものです。
日露戦争以前においては、水線付近に命中する弾丸は極めて少数であるとの戦例を引いて、艦の全長にわたり重厚な甲帯を施す必要はないとし、むしろ人員の保護に重点を置くべきであると主張する説もありました、 その後、日露戦争初頭の仁川沖海戦において「ワリヤーグ」が水線付近に一弾も被らなかったにも関わらず、乗員の死傷が相次いで戦闘に堪えられなくなったことから、再度この説が再燃して一時有力なものとなりました。 しかしながらこれは偏った見方であると言え、甲帯が榴弾を十分に防護するだけでなく多くの場合徹甲弾をも防止することができ、かつ甲帯付近の無防備部に命中した高爆榴弾の威力を水線及びそれ以下に波及させない効力もあります。 もしこの水線甲帯がなければ、水線上5~6フィート付近に命中した高爆榴弾もまた防水できない程の大破口を水線部に穿つことになります。 このことは、日本海海戦における露艦沈没の原因は主として甲帯が過度に沈下して水線防御の能力を減じたことが原因であることを考えれば、上記の説が不適当であることは明らかです。 実際、日本海海戦以後はこの説は完全に途絶え、更に甲帯の水線上の高さを増加する必要が一般に認められることとなりました。 特に米海軍においてはこの教訓に鑑み、従来の設計になる戦艦の欠陥を指摘して論評するものが多くあり、これにより一般に対する注意を喚起するようになりました。 また、水面上の高さを増す必要と共に、砲弾に対する水中防御も漸く専門家の注意するところとなり、近弾の水中弾道及びその命中の結果については、次々と旧艦を標的とする射撃において実証される機運が生じ、これの成果によっては装甲帯の装備に変革をもたらす可能性も出てきたのです。 装甲艦の計画吃水の上下における甲帯の幅員変化の状況は次のとおりです。
英海軍の戦艦においては、甲帯の幅員は計画吃水において傾斜10度でその下端が露出し、15度でその上端が没することが標準とされていました。 旧海軍においては次のとおりです。
そもそも計画吃水というものは戦時においては多くの場合保持されないのが通例で、日本海海戦における露艦隊のような甚だしいのは別としても、若干の沈下は免れないものです。 これは主として石炭、水、弾薬などの過載によるものですが、ある意味戦時にはどうしても生じてきます。 このため、旧海軍においては基準載炭量を戦艦は700トン、装甲巡洋艦は600トンとしてきましたが、戦時満載において吃水を深くし過ぎないようにするため、前者を1,200トン、後者を1,350トンに改めたとされています。 英海軍においても Load Nelson の水上装甲の高さは2フィートであったものを、Temeraire においては急に3フィート6インチに改めたのは、この点に着眼したものと推測されています。 炭 層石炭は防御甲鈑と相俟って水線部の副防御をなすもので、石炭はそれ自身が弾丸に対して多少の抵抗力となるだけでなく、その存在により海水の浸入量を制限して復元性を保持するのに効果があります。 英海軍の実験によると、炭層2フィートの抵抗力は Wrought Iron の約1インチに相当すると言われています。 このため石炭の消費に際しては、下層の炭庫を先にして上層のものを後にすることは防御力の保持上注意すべき要件とされました。 この様に消費したとしても艦の安定性に影響を与えることは無いと言われています。 また、庫内一杯に充満した石炭でもそれは庫内容積の5/8を占めるのみで、海水の浸入量は残りの3/8となりますが、これは浮力及び復元力の保持にはまだ十分なものです。 英国の造船学者 Attwood 氏はその著『War Ships』において次の例を揚げています。 英海軍の装甲巡洋艦 Natal (排水量 13,500トン、船体 480x73.5x27フィート、23,000馬力、速力23.33ノット)において、両舷の石炭庫が漸次浸水した場合、次の図に示すように、石炭が充満している場合には230フィートの長さにわたり浸水を生じるが、なお9インチのG.M.を保持して安定状態(Stable Condition)を維持するのに対して、石炭が無い場合は120フィートの長さにわたり浸水した時に早くも不安定状態(Unstable Condition)となる。 防御甲板防御甲板は、元々は直立装甲の装備がない軍艦において、水線付近を貫通した弾丸が船底に入って致命部に損傷を与えるのを防ぎ、かつ破口から浸入する海水を同甲板に制限する目的に使用されるもので、非装甲艦にのみ採用されてきましたが、砲熕の威力が漸次増加した結果、直立装甲のみでは水線付近の防御が完全では無くなってきたことから、遂に装甲艦にもこれを採用し、炭層と相俟って水線部の副防御をなるに至りました。 その形状は船体の両側に傾斜させることにより、水平方向からの弾丸を阻止し、兼ねて浸水の量を制限します。 このため傾斜部は水平部よりも厚くするのが通常で、これまでは4.5インチに及ぶものもありましたが、当時は漸くこれを薄くして1.75インチとするものも出てきました。 最新の戦艦においてはこの傾斜を廃止して、Royal Sovereign の旧型に戻ったものもあり、伯(ブラジル)海軍の Minas Geraes、米海軍の Delaware、旧海軍の「河内」はこの形式です。 防御甲板は通常亀甲形をしており、前砲塔前端から後砲塔後端に至る中央部は水平面で水面上1.5~2.5フィートの高さに置き、その両側は約30度の傾斜を以て水線甲帯の下端に連接し、8度程度の小さな動揺においては敵弾が当該甲板以下を破壊する虞がないようにします。 また、艦首尾両端においては水面下に垂下し、前端においては衝角を堅固にし、後端においては操舵機を覆うようにします。 中央部を水線以上に置くのは、浸水を両側の狭い容積に制限して浮力及び復元力を保持するための要求に基づくものです。 両側の傾斜を湾曲面とすることにより弾丸に対する効力を増加するとの理由により一時この形式を採用したものもありましたが、結局のところ工事が困難であるとのことから以後は踏襲されることはありませんでした。 防御甲板の厚さは、戦艦においては通常平坦部において2インチ内外、傾斜部においては3インチ内外とされています。 また前後両端の厚さは一般的に傾斜部と同じです。 次の表はその一例です。
防御甲板は完璧であることが求められますが、交通の必要上穴を開けざるを得ません。 この穴は同厚の蝶番装置を有する蓋若しくは滑蓋を備えて有事の際には閉鎖できるようにし、通風路のような個所には装甲のグレーチングを装備します。 初版公開 : 01/Apr/2018 |