弾 薬(2) 装 薬明治40年代において使用された爆発薬(炸薬)は次の3種類です。 ア.ニトログリセリン を主成分とするもの イ.ニトロセルロース を主成分とするもの ウ.両者の中間に位置するもの そして各国海軍では、日・英・伊はア.及びウ.を、米・仏・露はイ.を使用していました。 ニトログリセリン系、即ち 紐状火薬 の利点は物理的なエネルギーが大きいこと、比較的安全であること、及び斉一な初速が得られることにあり、また欠点としては高熱のためエロージョンが大きいことと、純粋なニトロセルロースに比べ約4倍の価格であるとされたことです。 その一方で、ニトロセルロース系の利点は燃焼が比較的緩慢であることから最大膅圧を減じて大初速をえることができ、かつエロージョンが比較的小さいことです。 そして欠点は、安定性が十分でないことと、燃焼が斉一にならないため初速が斉一にならないこと、後焔の危険があること、そしてニトログリセリン系と同一の初速を得るためにはより大薬量を必要とすること等です。 ウ.の1種であるコルダイト(Cordite)の唯一の欠点であるエロージョンは、主成分であるニトログリセリンによる高熱が原因であることから、この量を減せばエロージョンを減少させることが可能となりますので、約3割これを少なくしたものがMD火薬(Modified Cordite)です。 MD火薬は保存上ニトロセルロースの様な欠点がなく、また初速が斉一となることはニトログリセリンと大差なく、しかもエロージョンの程度はコルダイトの半分にも達しないと言われています。 しかしながら、同時にニトロセルロース系の固有の欠点である後焔の危険が残ることと、射撃指揮上最も考慮すべき砲煙を伴う欠点があります。 MD火薬採用以来この砲煙によって射撃が妨害された例は多く、加えて精度にも多少の疑問があることから次第に評価が下がり、このため中口径砲以下には再び尋常紐状火薬を使用し、大口径砲においても戦時にはこの火薬を使用するべきであるとの声が出てきました。 要するに、用兵者としては装薬には次の性能を有することが求められたのです。 ア. エロージョンが小さいこと イ. 初速が斉一であること ウ. 砲煙が稀薄であること エ. 安定性が大きいこと オ. 長期の貯蔵に堪えること 装薬の変質に起因する災害ここで採り上げる災害には2種類があります。 即ち後焔と自然発火(自発)の問題です。 後焔は、発射後膅内に残留する未燃焼ガスの一部が尾栓を開くと同時に後方に噴出し、外気と接触することにより急に燃焼するために起こるもので、コルダイトではその量が少ないため敢えて問題とするまでにはならないものですが、MD火薬においてはその量は大となり、ニトロセルロースに至っては最も激しく、時には大火焔を生じ、これにより不意の大災害となった例が少なくありません。 一例としては、米海軍の「ミズーリ」(BB-11 Missouri)及び「ジョージア」(BB-15 Jeorgia)の砲塔砲で生起した際には、これによって付近の装薬に伝火し多数の死傷者を出すに至りました。 このため、当時一般に吹掃装置を設け、尾栓を開くと同時に圧搾空気又はこれと水を混合したものを膅中に吹き込む方法が採られています。 この装置の採用に、MD火薬においてはほとんど後焔に対する注意を必要としなくなりましたが、ニトロセルロースを採用する米海軍の「ジョージア」においてはこの装置設置後もなお災害が生起したと言われています。 なお、この後焔の問題は大口径砲のみであって、中口径砲においては後焔による災害発生の例は伝えられておりません。 例えば英海軍においては、中口径砲以下の場合は毎発射時に膅中を洗浄していませんが、尾栓を開くと直ちに次の弾丸を装填することにより、後焔が発生する暇がないためとされています。 紐状火薬及びMD火薬を使用する旧海軍においては吹掃装置により後焔の問題は既に解決済みとさましたが、それでも薬嚢式装薬を使用する際には万一の危険を避けるためにこれを尾栓の直後に暴露しないようにしていました。 自発の災害で最も惨烈であるのは、旧海軍の「三笠」、仏海軍の「イエナ」(Iéna)、伯(ブラジル)海軍の「アイクバン」(*1)、米海軍の「メイン」(BB-10 Maine)及び「ベニングトン」(PG-4 Bennington)(*2) がその代表例です。 (*1) おそらく「アキダバン」(Aquidabã)の旧海軍史料の誤りと考えられます これらの例に限らず、ニトロセルロース火薬を採用する仏及び米海軍において頻繁に生起したことは注意すべき現象とされています。 「イエナ」の爆発について伝えられるところに依れば、これの原因は主として変質し易いB火薬固有の欠点にによるものであることは疑いないところですが、その遠因には導火薬の保存期限を過ぎていたこと、そして近因には貯蔵状態の不良による変質であるとされています。 この事件はその後の調査委員により、造船・造兵両部門の意思疎通を欠いたため火薬庫の位置が甚だ不良であり、その貯蔵の状態は拙悪を極め、これにより火薬の変質を招いたことが災害生起の大元であると結論されました。 自発の原因は、ニトログリセリン及びニトロセルロース共に自然変質と誘発変質の2つが主なものとされています。 自然変質は長期間の良好な状態での貯蔵でも生じるもので、無煙火薬に保存期限が設けられているのはこのためです。 また誘発変質は温熱に伴うもので、温度が一定の限度以上に上昇する時は速やかに分解して自発を招くものとなります。 したがって、自発の危険を避けるためには次の3つが求められます。 ア. 保存期限に達したものは猶予無く交換すると共に、期限内であっても常に厳密な検査を怠らないようにする イ. 艦艇建造にあたり火薬庫の位置を適切に選定すると共に、専用の冷却通風装置を設けて来ないの温度を一定の限界以内に保つ ウ. 庫内に温度・湿気の計測器を設置し、常時計測できるようにする これに加えて、火薬の性状によっては砲身の破裂が生じることがあり、米海軍における「ジョージア」の12インチ砲、あるいは「サンディ・フック」(Sandy Fook)射場における10インチ砲の破裂はその例です。 因みに、当時の英国の「エンジニアリング」にこれに関する次の記事が掲載されています。 細い紐状火薬を用いると弾丸の推進に要する熱の消費と同時に薬室容積の増加及び火薬燃焼面積の減少の事実と相俟って圧力の激増を調和し、従って恐るべき撃爆を防止する。 爆風 (Blast) の問題爆風の影響については、かつて仏海軍の戦艦「ヘンリー4世」(Henri IV)において実験されたことがありますが、この時は十分な解決法を得るには至らず、その後英海軍において巨砲全装艦の元祖たる「ドレッドノート」を設計するにあたり、その巨砲の配置の基準を定めるために爆風の影響が重大な問題として採り上げられ、慎重に調査が行われて現砲装がその理想の配置として採用されたとされています。 結果として、「ドレッドノート」において行われた厳密な発射試験、及びその後伯海軍の「ミナス・ゼラ」(Minas Gerais)において行われた実験では、砲塔相互間の爆風の影響は意に介するまでもないことが実証され、以後の戦艦には二重砲塔式が採用され、また英海軍の巡洋戦艦「インビンシブル」(Invinsible)級においては著しく中部の砲塔の旋回角を大きくしたものとなりました、 また米海軍においては、早くに二重砲塔を装備し、更に「ミシガン」(Michigan)級以降の戦艦では各砲塔が密接し、一砲塔が他砲塔を超えて射撃する形となりました。 これら各国における砲装の実現により爆風の影響は考慮するまでもないことが証明され、明治40年代頃にはこの爆風の問題は既に過去のものとして扱われたのです。 なお、大口径の砲塔砲の発射によるよる中口径砲に及ぼす爆風の影響は、後の砲装の項で改めて論じることとします。 火 管旧海軍においては当時射撃検定あるいは戦闘射撃における故障の多くは火管の不良による場合が多く、不発又は発火装置の故障で発射時期を失したり、発射速度発揮を阻害するため、これにより関係員の士気を喪失させることとなることは、一度でも射撃に従事したことのある用兵者ならば皆揃って認めるところです。 これを要するに、用兵者側からする火管に対する要求事項は次の2つです。 ア.火管それ自体の不発がないこと イ.次の発射を妨げることがないこと ア.については電気火管内の電橋の装着方法を強固なものにし、かつ伝火薬をより良好なものとすることが求められ、イ.については火管の管体を堅牢なものとし、かつガスの噴出を押さえると同時に、管体が火管口にピッタリとなるものであることが求められます。 初版公開 : 04/Mar/2018 |