変距射法については既に 『射法概説』 で説明したところですが、初照尺決定以降は、自艦及び目標の運動による距離の変化率 (=変距) を距離時計に調定して、この距離時計の示す射距離を基にして射撃を実施することになります。 したがって、変距射法によって射撃を実施する場合、自艦の運動については正確に判っていますから、射撃成果を左右するのは目標の変距の測定精度と言うことになります。 この 測定変距の精度、逆に言えば誤差の程度 を示すのが 「変距誤測」 で、これを公算誤差で表したものを 「変距誤測公誤」 と言います。 旧海軍における変距誤測公誤データ旧海軍における変距誤測公誤 (r5) のデータは、戦技成績から求めたものとして、次のとおり残されています。
変距誤測の影響(1) 照尺を修正して適正照尺にしても、変距誤測があると夾叉弾が長続きししない
(2) 照尺に対する修正量が、そのまま目標に対する関係位置の修正とはならない
一般に射撃指揮官は、射心の偏倚量 (距間量) は観測できませんから、甲弾で全近を観測して 400mの高め修正を行い乙弾を全遠と観測すると、400mの照尺差でもって目標を捕捉したと思うことになります。 そこで目標の存在公算の最大である点 200mだけ照尺を下げて (近にして) 次の丙弾を発射すればよいと判断します。 ところが、実際には変距誤測がありますから、この判断は誤りであることはお判りと思います。 つまり、甲・乙両弾で目標を捕捉したこと自体は事実ですが、図に見るように甲・乙両照尺間の濶度は 400m+E0 であって、その折半照尺への修正は (400m+E0)/2 でなければなりません。 そしてこの変距誤測が乙弾弾着後も存続するとすると、t1 秒間 (甲と乙の時刻差) に E0 ずれていますから、次の丙の発砲時にも t2 秒間 (乙と次の丙の時刻差) で E0 x(t2/t1) だけ更に実距離よりずれることになりますから、丙弾の照尺は、 (400m+E0)/2 + E0 x (t2/t1) だけの下げ修正をするのが本来あるべき正しい方法になります。 そこで問題となるのが、では E0 の値はいくらであり、それはどの様にしたら判るのか、と言うことになります。 ところが、この変距誤測の量は射撃中には測定も推定も出来ないのが宿命的な欠点なのです。 もしそれが判るくらいなら、当然照尺算定時に変距そのものを修正していることになるからです。 そのため、旧海軍では次項で述べる公算学的な方法を用いて、誤測変距量の最確値という値を事前に研究しておいて、修正量を予め決定しておき、その方法を射撃修正に適用することにしていました。 実はこれが 変距射法の重要な部分を占めている のです。 (3) 変距誤測があると捕捉公算を減少させる このことも次の項で説明します。 変距誤測がある場合の捕捉公算前項でご説明しましたように、変距誤測 (e) の値は予め知ることも射撃中に知ることもできませんが、過去の統計データから 公誤の形で予定しておくことは可能 です。 また発射間隔 (t) も胸算 (指揮官の射撃計画・腹案) として予定することができます。 そこでまず一例として、初弾偏倚公誤 250m、戦闘公誤 (r) 100m、砲数 6門、変距誤測 (e) 5kt、発射間隔 (t) 80秒、照尺修正量 (L) 600m の場合について計算をしてみることとします。 この条件で、もし変距誤測が無いとするならば、その場合は既にご説明した 「初照尺」 の 「捕捉公算曲線」 の項で例題として挙げたように、捕捉公算 (η) = 0.5560 となります。 E を発射時隔中の誤測変距量とすると、E = (1852m/3600秒)・e・t = 0.514・e・t ですから、この例の場合はEの公算誤差として rE= 0.514x5x80 ≒ 200m となります。 上図で ω を変距誤測量の生起公算とすると、ω = f (E) であって、この例題では公誤 200mを生ずることになります。 初弾 O1 に対して照尺差Lの修正を行って O2 修正弾を発射したとしても、これが実際に目標に対する関係位置の修正量として作用する量は前項でご説明したように濶度 (x) = L+E であって、その濶度 x が生ずる公算は E の生起公算と同じになりますから、この公算 P は P = ω = f (E) となります。 変距誤測がなければ第2照尺弾の射心は O2 ですが、変距誤測があるために射心は濶度 x の位置 O' に生じます。 この O2 が目標に対して O1 の反方位弾になる公算は Pη(x) ですから、(O2 ではなくて) O' が生起して、かつ反方位弾となる複公算は P・Pη( ) = f (E)・Pη(x) で表されます。 そこで、求めようとする公算は、O' の位置がどこでになろうと、ともかく O1 に対して反方位弾となればよいわけですから、したがってその公算は Σ f (E)・Pη(x) となります。 これを戦闘公誤 (r) を単位とした濶度 (x) で表にすると、次の様になります。
即ち、目標捕捉公算は、変距誤測が無い場合の 0.5560 から 0.5090 に減少することが判ります。 2つの照尺弾で目標を捕捉した時の
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r | 3r | 4r | 5r | 6r | 7r | 8r | 9r | 10r | 10r < |
f(E)・Pη | 0.0053 | 0.0209 | 0.0471 | 0.0744 | 0.0899 | 0.0877 | 0.0717 | 0.0503 | 0.0612 |
Σf(E)・Pη | 0.5090 | ||||||||
Σf(E)・Pη/Σ | 0.011 | 0.041 | 0.093 | 0.145 | 0.177 | 0.172 | 0.141 | 0.099 | 0.120 |
この割合は、目標を捕捉した後で考えた場合の第2照尺弾の存在公算です。
この存在公算の最大なところは、これを作図することにより 7.4r のところであることが判ります。 したがって E =x−L ですから、E は 7.4r−6r = 1.4r が最大の公算のところとなります。
こうして求めた E の値を 変距誤測量の最確値 (E0) といい、変距誤測量の推定値として採用する値になります。
なお、この最確値 (E0) は計算で求める方法もありますが、少々専門的になりますのでここでは省略します。
変距誤測の遠近方向
実際の変距誤測の方向が、遠方向にあるのか近方向にあるのかは、夾叉弾から偏弾に変わった時などの場合を除いては、その量と共に知ることができない性質のものです。 しかしながら、前項のような方法で変距誤測量の最確値を求めると、必ず修正した方向に変距誤測が現れる ことになります。
何かおかしいように思えますが、言葉の 「最確値」 ということに注意する必要があります。
即ち、あくまでも 「最確値」 であって、決して 「決定値」 とは言っていないのです。 前項のような判断をすることが “公算的に最も有利である” と言うことに過ぎないのです。
言い換えれば、数多くの場面に対処してきて、常にこの様な解釈をしてさえいれば成功する機会が最も多い、有利である、という意味です。
また、次のような解釈もできます。
変距誤測があると、同じ修正量でも変距誤測のない時に比べて捕捉公算が減少します。 つまり、捕捉が難しくなります。 それにも関わらず “結果において” 捕捉したと言うことは、変距誤測が捕捉しやすいように働いたということになります。
変距誤測量は、照尺の修正量を増加する方向にあれば目標を捕捉しやするするように働く という解釈です。
最終更新 : 21/May/2015