弾道当日修正




     初 速 差
     空気密度
     気 温
     自艦運動
     
     地球の自転
     その他

 

 初 速 差


射撃計算の基本となる射表においては、その基準状態としての初速が決められています。 これは一般的には新砲としての規格値、又はその砲の使用可能期間(砲齢)における平均値を使用するのが一般的です。

したがって、実際の射撃においては、この基準状態である射表初速からの差違、即ち 初速差 を修正しなければならないことになります。

この初速に影響する要素は、次のとおりです。

   (1) 弾丸(弾種) : 弾量、 弾形 (係数)
   (2) 発射薬 (装薬) : 薬種、 薬量、 薬温、 薬齢
   (3) 砲中摩耗度 (砲齢)
   (4) 初弾低下効果 (Cold Gun Effect)
   (5) 装填時の施条に対する導環の食い込み状況



(1) 弾丸に関する要素

発射ガスのエネルギーが同じであるならば、弾丸の重量 (=弾量) が重くなれば初速は低下し、逆に軽くなれば初速は高くなります。 また更に、空中弾道における弾速の減少率は、空気抵抗に比例し、弾量に反比例します。

つまり、これらの両方の作用によって、空中飛翔中の弾丸は初めは初速の高低の影響を強く受け、次第に弾速減少率の影響を受けることになります。

ちょっとよい実例が無いのですが、3インチ/50口径砲について、弾量が1ポンド増減した場合の砲軸角と弾丸飛行秒時の変化を射表から作図したものをそれぞれ下に示します。


また、弾丸の形状によって空気抵抗が変化しますから、これは弾速の減少度に大きく影響を及ぼします。

砲外弾道の項でもご説明しましたが、空中弾道における空気抵抗による弾速の減少度 (負の加速度) を、弾道全域にわたって近似性の極めて高いものを関数によって数値化しようとしても、おそらく不可能に近いぐらいの複雑なものとなります。

したがって、艦砲射撃においては実用上満足できる程度に簡略化したものを使用することになります。 これは、一般的には実射を行って短区間の弾道の測定を行い、これに基づいて近似の弾道曲線を算定して必要な諸元を出します。

この近似曲線としての関数において、その係数の一つとなるのが弾丸の形状による 弾形係数 と呼ばれるものです。 

しかしながら、実際問題としては弾丸の形状だけではなく、近似計算における技術上の一切の誤差や補正をもこの係数に含めてしまうのが普通です。 本来は極めて複雑なものを近似曲線で現すために、弾道解法上の誤差をこの係数に負わせてしまうと考えてもよいでしょう。

一例として、形状の大変異なる5インチ/38口径砲用と同/54口径砲用の弾丸の相対的な減速度を示すものを下図に示します。


古典的な 「Short ogival head + Squeare base」 弾よりは 「Long conical head + Boat tail」 弾の方が空気抵抗が小さく、したがって射程が伸びることがお解りいただけると思います。

しかしその一方で、Boat tail を採用した旧海軍の 九一式徹甲弾 が、射程が延伸する代わりに若干弾道特性が悪くなる傾向がありましたが、この図で見られるように、米海軍の Boat tail 弾でも全く同じ傾向があったことが明らかです。


(2) 発射薬 (装薬) に関する要素

初速に影響を及ぼす発射薬の要素としては、薬種、薬量、薬温、薬齢があります。 当然、これらの要素が異なれば、弾丸を撃ち出すための燃焼ガス・エネルギー量と燃焼の仕方が異なってきますので、これは初速差の原因となります。

この内、薬温以外については、使用する砲種及び弾種によって決まってきますので、弾道当日修正としては射表の記載項目に従えば特に問題はありません。

ただし、同じ薬種のものでも、その製造工程において避けることの出来ない誤差の結果として、火薬のロット (=工業生産において、同じ条件で生産された、質的に同一と見なし得る範囲の製品量を言います) が異なると、その薬質の差によって初速に影響が出てきます。

また、同じロットから取り出して薬嚢や薬莢に充填したとしても、その個々の発射薬の重量 (=薬量) には往々にして相当の誤差を生じます。

米海軍では、このロットの違いによる誤差を補正するための修正を インデックス修正 と呼び、射表の付表にこれが記載されていますが、結構ロットによって相当な差違があります。 ただし、米海軍の場合のこのインデックス修正の表は、広い意味での薬種、薬齢の修正も含んだ構成となっていると考えた方がよいでしょう。

因みに、同一薬種の微妙な薬質の差及び薬量の差により射表では補えない個々の砲弾の初速差が出て、これは必然的に射弾の散布となって現れてきます。

このため、極力これを避けるように、私たちは1回の射撃で使用する発射薬は、同一のロット番号で、かつ同一又はほぼ近い製造日のものを選ぶようにしてきました。 今の若い人達も、同じような配慮をしているとは思いますが ・・・・・?

基準状態での薬温は米海軍/海上自衛隊が 90°F、旧海軍が21°C であり、弾道当日修正で使用する射撃時の薬温は、過去48時間の計測値の平均を使用するのが通例です。

薬温が低下すると初速は低下します。 薬温 1°F の変化に対する初速変化量を 薬温係数 と言い、一般的には 0.3 〜 2.5 ft/秒 の値ですが、これは砲、弾丸、発射薬の組み合わせによって決まってきます。

厳格に温湿度管理された弾薬庫内から砲側に移した場合は、この薬温の取扱が重要になってきます。 平時では訓練射撃実施までに事前に十分な体制がとれますが、戦時の場合はそうは言ってられない状況となりますので特別な考慮が必要です。


(3) 砲中摩耗度(砲齢)

砲は発射によってその砲中内面が摩耗し、特に施条の起端部(砲弾の導環が最初に食い込む部分)付近で甚だしく生じます。 これを 砲中摩耗 (Gun Erosion) あるいは 損食 と言います。 これが生じる原因などについては、弾道理論砲内弾道 の項で既に説明しておりますので、そちらを参照して下さい。

新砲の頃を除いては、砲中が摩耗すると弾丸の推進力として作用することなしに漏れる火薬の燃焼ガスの量が増大し、これによって初速は相応の減少をすることになります。

砲中摩耗による初速減少量は、次の方法によって求めることができます。

(1) 実射による初速測定
(2) スター・ゲージによる施条起端部の摩耗量の測定結果 (主として工場)
(3) エロージョン・ゲージによる施条起端部の測定結果 (主として艦上)
(4) 上記の最も信頼できる測定結果以後の発射弾数による換算


(2)〜(3) はいずれも射表付属のそれぞれのデータ図表に基づいて初速減少量を求めます。 この砲中摩耗度、特に現在までの常装薬換算での総発射弾数をもってする初速低下の程度を 砲齢 と言うことがあります。

この砲中摩耗度がどの程度初速に影響するのかについては、ちょっと図表を使用して説明を要しますのでここでは省略して、次の 射表の使い方 を説明するときに実例をもって示します。


(4) 初弾低下効果 (Cold Gun Effect)

試験射場や実際の艦艇における射撃の経験から、初弾と第2弾以降との初速には相当の相違が生じることが判明しています。

最初にこのことに気がついた時に、この初速差は初弾とそれ以降の場合の砲中温度が異なるために生ずるものと考えられ、このため Cold Gun Effect (低温砲効果) と呼ばれることになりました。

今日では、この初速の相違は砲中温度によるよりも、むしろ主として初弾発砲の場合の砲中に塗布された油によって生ずるものとされていますが、正確な理論的解明は未だになされていません。 

しかしながら、米海軍にあっては今でもこの歴史的な用語である “Cold Gun Effect” を使用しています。 旧海軍及び海上自衛隊では 初弾低下 (効果、量) と言っていますが、これの方が適切な用語と言えます。

この初弾低下効果に対する修正は、個艦毎に異なってきます。 したがって、各艦で従来の射撃データに基づいて決定しますが、特に中〜大口径砲の平射においては、初弾に高め (遠) 修正を加えておいて発砲し、以後はこの高め修正分を取り去るのが通常の方法です。


(5) 装填時の施条に対する導環の食い込み状況

弾丸の装填操作の不斉一により、装填された弾丸の導環が施条起端部への食い込み方が異なると、発射時に火薬ガスが弾丸による弾丸の動きが変わってくることにより初速に影響がでます。

これは、今日の自動速射砲の装填機であっても、昔の手動装填とは問題にならない程度とはいえその装填には微妙な差違が生じます。

しかしながら、自動、手動のいずれであっても、その差違は一定ではありませんから、定量的な修正の方法はなく、射弾散布の中で考えて処理していく以外に方法はありません。


(6) 初速の変化が弾道に及ぼす影響

それでは、以上に述べてきた初速に影響する各要素の総合として、これらの要素による初速の変化が弾道にどれだけの偏差を生じさせるものかの実際の例として、米海軍の5インチ/38口径砲の場合について、初速が 100 ft/秒 変化した時の射距離に対する砲軸角の要修正量 (分) と、同じく弾丸飛行秒時の変化量 (秒) を目標の高角別にグラフにしたものを下図に示します。


例えば、射距離1万ヤードで目標高角 0°即ち平射の場合は、砲軸角で 1°、弾丸飛行秒時は 1秒変わることが解ります。

 

 空気密度


大気密度は、気温、気圧及び相対湿度によって決まってきますので、この3つの要素が得られれば計算することが可能です。

基準状態における大気密度は米海軍及び海上自衛隊では 0.07513 lb/inch を使用しており、その基準値からの変化率 (%) で弾道の修正を行っています。

例として、5インチ/38口径砲において、空気密度が基準状態より10%増加又は減少した場合の高角 (度)− 砲軸角 (分) を射表より作図したものを左下に、また5インチ/38口径砲と8インチ/55口径砲の平射において、空気密度が1%変化した場合の射距離の変化量を右下に示します。


例えば、左図では目標の高角 30°で射距離 8千ヤードの場合、大気密度が10%変化すると砲軸角は 30秒、即ち 0.5°の修正を要することが解かります。 また、右図は大気密度の変化が1%の場合ですから、10% とかになれば相当なものになることがお解りいただけると思います。

なお、旧海軍では基準状態を上記の気温、気圧及び相対湿度の3要素で規定しており、空気密度としては規定していませんでした。

 

 気 温


基準状態における気温は、米海軍及び海上自衛隊では 59°F 、旧海軍では 15.6°C と規定されていました。 気温は地域・地点、気象状態や高度によって変化しますが、この気温の変化によって弾道に次のような影響を及ぼします。

   (1) 空気の弾性の変化
   (2) 空気密度の変化
   (3) 薬温の変化


この内、(2) については上の項のとおりです。 また、(3) についても上の初速のところで説明したとりです。

空気の弾性変化については、気温により大気の構成分子の活性度が変化しますので、これに伴って空気抵抗が変わってきます。 これを空気の 弾性効果 と呼んでおり、気温という同じ要素ではありますが、空気密度とは切り離して、別の要素として取り扱う必要があります。

この気温の変化による弾道への影響の程度の実例として、5インチ/38口径砲と6インチ/47口径砲について、気温 1°F の変化対射距離の変化を下図に示します。


この図は気温 1°F の変化ですから、変化が 10°Fとか 20°Fとかになってくると決して無視できないものとなってくることがお解りいただけるでしょう。

 

 自艦運動


砲は艦に搭載され、その艦と共に運動しますから、発射された弾丸はこの運動ベクトルを保有しており、砲口を出るときには砲固有の射線上の初速ベクトルと自艦運動ベクトルとの合成ベクトルで飛行することになります。

もちろん自艦運動の方向は射線方向とは一致しないのが通常ですから、射撃計算においてはこの自艦運動ベクトルは、射面 (=射線に鉛直な面、Plane of Fire) 方向と射面に直角 (横) 方向の2つのベクトルに分けて処理します。


射面方向の分速ベクトルは、初速の増減となりますので、これは射距離や弾丸飛行秒時に影響を与えます。 また、射面に直角方向の分速ベクトルは、弾丸の左右偏差として現れることになります。

実際の射撃計算においては、自艦運動による弾道偏差の修正はこれ単独でも可能ですし、あるいは目標の運動と合成した相対運動及び次にご説明する真風と合成した相対風として扱うことも可能です。

ただし、射撃指揮装置による場合は、ひとえにその射撃指揮装置が測的方式も含めてどのような射撃理論及び解法で設計されているかによります。

 

 


大気中を飛翔する砲弾が風によって “流される”、つまり風の影響により弾道がずれてくることは申し上げるまでもないことと思います。

射撃計算におけるこの風の影響は、真風 (地理的絶対風、True Wind) でも相対風 (視風、Apparent Wind / Relative Wind) でもどちらの方法でも取り扱います。 要するに、真風の場合は風そのもの単独で、相対風の場合は上記の自艦運動との合成ベクトルとして処理するだけの話です。


真風、相対風のいずれの場合でも、風力のベクトルを自艦運動の場合と同様に2つに分けて考えます。 即ち、左図に示すように射面方向のベクトルと射面に直角方向のベクトルです。 


射面方向の風力ベクトルは、弾丸の減速度に影響を与えますので、これは射距離や弾丸飛行秒時の増加又は減少となって現れます。


また、射面に直角方向の風力ベクトルは、弾丸の左又は右への偏差となって現れます。


ここで注意しなければならないことは、平射 (水上射撃) であっても高射 (対空射撃 )であっても射撃計算においては 風は水平面に平行に吹くもの とし、鉛直 (上下) 方向のベクトルは無いものとして処理するということです。


それではこの風によって実際の弾道にどれくらいの影響があるのかというと、下は、5インチ/38口径砲の場合における、射面方向に対する風の影響、即ち風による射距離の変化に伴って修正を要する砲軸角と弾丸飛行秒時を、風力 10ノットの例を示したものです。 一般的に言って、高角が大きくなる程その影響が大きくなる傾向があること解ります。


同じく下は、5インチ/38口径砲の場合における、射面に直角方向に対する風による偏差を、風力 10ノットの例で示したものです。 一般的に言って高角が低い程、そして弾丸飛行秒時が長い程偏差が大きくなる傾向を示しています。


ここで問題となるのが、弾道の全行程にわたって弾丸に作用する真風をどのようにして知り得るか、ということです。

“風が息をする” と言うように、海上の風でも一定方向に一定の風力で吹いているわけではありません。 ましてや数千ヤードやそれ以上離れた目標の海面と自艦の海面とで同じ風が吹いているとは限りません。

これに対処するには、極力正確な平均風を測定することと、可能であれば観測機などで目標海面の風を観測することしかありません。 当然、射撃時に使用した風の値と、発砲後に弾丸が受ける実際の風との差が弾着時の誤差となってきます。

もう一つが、海面に吹いている風と弾丸が飛行する上空の風との差です。 これが 弾道風 (Ballistic Wind) という問題です。 極端な話、下図のようなこともあり得ないわけではありません。


このため、一般的な方法として、旧海軍の時代でも現在の海上自衛隊でも、気球を上げてこれを追尾、測定することにより上空風を観測し、弾道風を算出しています。 そしてこれを予期弾道の全行程について高度別の風を合成して、これの平均値をもって弾道修正のための風向・風速の値としています

いずれにしましても、射撃の当事者にとっては、この風の問題は正確な値が求められないという点で頭の痛いものの一つであることには間違いありません。

 

 地球の自転


地球の自転が弾丸の飛行に及ぼす影響は、弾道の遠近及び左右の両方の片弾として現れます。 ただし、一般的には中〜小口径砲ではその程度は少ないので、考慮しないのが普通です。 米海軍においても、8インチ砲以上においてはこれによる修正を加味することとされています。

この地球自転の影響については、この射撃理論の 「上級編」 で詳しく説明する予定です。

 

 その他の要素


弾道に偏差を及ぼす要素としては、以上ご説明してきたものの他に、地球表面の湾曲に関するもの、出行角、及び砲口と弾着点の高低差に関するものなどがありますが、これらについては 射撃計算上は弾道修正とは別の事項の中で取り扱うのが一般的 です。

したがって、これらについての説明は本項の弾道修正に関するものとしては省略し、それぞれの該当項目の中で別途ご説明いたします。



(注) : 「砲軸角」 という用語の 「砲」 の字は、正しくは 「月」 偏に 「唐」 と書いて 「とう」 と読む文字ですが、常用漢字表にも常用フォントにもありませんので、全て 「砲」 で代用しています。







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最終更新 : 13/May/2015







1.概 要

2.弾道基準修正

3.弾道当日修正 

4.射表の使用法