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艦砲射撃の基礎 − 測的 |
「測的」 についてですが、この 「測的」 についての一般的な理論については、既に 『射撃理論 概説 初級編』 → 『未来位置の決定』 → 『4.測的』 の項で説明しておりますのでそちらをご覧下さい。 したがって、ここでは日露戦争当時における水上射撃を念頭に、もう少し的を絞って説明したいと思います。
ただし念のために再度確認しますが、上記の 『4.測的』 にもありますように、「測的」 とは、「照準」 と 「測距」 とにより得られる測定諸元を組み合わせることによって達成されるものです。 この点は絶対に忘れないで下さい。 これが判らないと 『別宮暖朗本』 のような無茶苦茶なものになってしまいます。
それでは、その 「照準」 と 「測距」 によってどういうデータが得られるか、ですが、ある一定時間をおいた (最低限) 2回の 「照準」 と 「測距」 によって、次図のように作図することができます。 これは日露戦争当時でも現在の優れた射撃指揮装置でも、この基本は同じです。
極く短時間に回数を多くして連続した計測をすれば、それらを平均することによって精度の高いものになることは言うまでもありません。 即ち、1回目の計測が R と Br、2回目が R1 と Br1 で、これによって 自艦から見る的艦の方位と距離の差が判ります。
(注) : ここでは説明を簡単にするために、「照準」 データと 「測距」 データは同じ時刻に同時に得られるものとしています。 実際にはそれぞれを測定する方法・物・場所・時間が異なる ことには注意して下さい。 また自艦も的艦もそれぞれ 一定の針路・速力で直進 しているものとします。 これは 「測的」 における前提条件です。
これは 『未来位置の決定』 → 『1.座標系』 のところでご説明してありますように、自艦に座標の基準点をおいたもので、 自艦の運動と目標 (的艦、敵艦) の運動との合計ベクトルが、的艦の “見かけの運動” として示されるものです。 このことを、的艦の 「相対運動」 と言います。
つまり陸上の道路を、カーナビや地図を見ながら車を運転するのと異なり、広い、周りに自他の船以外何も無い海の上では、艦長や砲術長や射手は、自分の艦の上から相手がどう動いて “見えるか” と言うことです。
特に照準を行う射手には、ただ自艦 (自砲) に対して相手がどう動いて “見えるか” だけしか判らないし、その照準そのものの実施には、自艦がどの方向に何ノットの速力で動いているかということは直接の関係は無いのです。
この2回の測的データの差によって得られた相対的な的艦の運動量 (Relative Target Movement) を、照準線方向とそれに直角な方向とに分ければ、それがその計測時間内における距離差 (ΔR) と照準方位の変化 (ΔBr) になります。
そして、この距離差 (ΔR) と照準方位の変化 (ΔBr) を計測間隔の秒時で割れば、必要な単位時間 (1分とか1秒とか )当たりの 距離変化率 と 方位変化率 が得られます。
一方で、この得られた計測データを基に、自艦の針路と速力のデータ、そして照準と測距の計測時間 (間隔) を組み合わせることにより、次のような図を画くことができます。
つまり、自艦を基準点とする座標系での 「相対運動」 から、地理上の一点を基準点とする座標系での (自艦と) 的艦の 「絶対運動」 への座標変換ができます。 即ち、的艦の 「針路」 「速力」 が得られることになります。
ここで賢明な皆さんは思われることでしょう。 「 それなら、射撃のためにわざわざ相対運動から絶対運動を求めなくとも、最初の相対運動で得られた “単位時間当たりの距離変化率と方位変化率” で射撃計算はできるのでは?」 と。
実は、そうなのです。 しかしまたその一方で、そうでもないとも言えますし、それではダメということにもなります。
( この相対運動の測的による “単位時間当たりの距離変化率と方位変化率” を使った射撃計算の方法については、また後でご説明します。)
なぜそうなるかと言いますと、もう一度上の 絶対運動 の作図をご覧下さい。 お判りいただけるように、測的で前提としたお互いの艦が “一定の針路速力で直進する” としても、時間の経過と共に、照準線に対する距離の変化率 (=変距率) (Yo+Yt 対 Yo1+Yt1) 及び照準方位の 変化率 (=変角率) (Xo+Xt 対 Xo1+Xt1) が変わってきます。
したがって、これは自艦と的艦との対勢により、そして射距離が長くなり、また自他の速力が早くなればなるほど、これら時々刻々と変化するそれらの値を使わなければ (使えなければ)、正確な射撃計算はできないということになります。
余談ですが、日本海海戦劈頭のいわゆる “東郷ターン” の場面では、日本側の回頭中は “日・露双方にとって” この 「相対運動」 の連続した大きな動きとなり、変距率や変角率が一定値として求められずに時々刻々変化しますので、この間 “正確な射撃計算は不可能” であるということは、簡単にお判りいただけると思います。 加えて、回頭によって目標の方位や距離が急激に変化することにより、先にお話しした射撃に必須の 「照準」 そのものが非常に難しいと言うことも。 したがって、東郷ターンの最中に一方的に 「三笠」 が露側から撃たれただの、回頭中の日本艦は “静止目標を撃つ程にたやすい” などはあり得ない、全くの誤りであることもお判りいただけるでしょう。
ここに、“連続した計測” と、“絶対運動を求める” という正確な 「測的」 の必要性が生じてきます。 そして、当然のことながら、自艦も的艦も一定の針路、速力のままで海戦を行うわけはありませんで、変針、変速をします。 そのため、新たな変距率や変角率の迅速な算出が必要になります。
実は、日露戦争直後までは、ここでいう意味の 「測的」 は行われていませんでした。 というより測距儀による測距しか実施していなかったのです。
( では当時、この測的に続く 「見越」 はどうやっていたのか、はまた項を改めてご説明します。)
だからこそ、日露戦争後になっての 「変距率盤」 「距離時計」 や 「測的盤」 の導入、そして 「方位盤」 「射撃盤」 の採用、そしてこれらを統合・総合する 「射撃指揮装置」 への発展があるのです。
これを理解できていない人が艦砲射撃を論ずると、 『別宮暖朗本』 のように、「照準」 というものを全く無視したものになったり、あるいは
距離の確認は、まず測距儀でおこなう。 ・・・・(中略)・・・・ それに基づいて試射をおこなうが、それ以降、測距儀は不要となる。 (p69) (p73) |
測距儀 (Rangefinder) であるが、これもそれほど重要ではない。 なぜならば斉射法の基本は弾着パターンの分析で距離を確認することであり、使うのは試射のときだけである。 ・・・・ (中略) ・・・・ ロシア海軍のように一弾試射により距離を確認する場合、第二斉射で弾着があっても、弾着パターンを分析することをしないから、計算上の距離と測定上の距離を精査する必要があり、測距はより必要である。 (p75) (p77) |
というような、トンデモ話しになったりするのです。 ついでに言えば、
日露両軍ともバーアンドシュトラウト社の1・5メートル測距儀を装備していた。 ただし、ロシア艦隊は一船あたり二台程度と少なかったようだ。 (p75) (p78) |
って、日本側では各艦に一体何台ずつが装備されたと思っているのでしょうか、この著者は。 しかも 「一船」 って (^_^;
最終更新 : 29/Jun/2011