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艦砲射撃の基礎 − 苗頭




 「苗頭」 と 「定偏」


本項は 「苗頭」 についてですが、まず 『別宮暖朗本』 の記述から。


砲術将校は、この左右決定または目盛り盤決定のさいの数値を苗頭 (びょうとう) (Deflection) と呼んだ。 この言葉は稲穂が風にそよぐさまから来たが、当初 (江戸時代末期) は旋条 (ライフリング) された艦砲から発射された弾丸が飛行中に横にずれる現象を指した。 (p63〜64) (p67〜68)



「左右決定」 とは “何に対して” の左右なのか示されておらず意味不明なのですが ・・・・ それはともかく、わざわざ 「びょうとう」 と振り仮名をふって ありますが、誤りです。 「びょうどう」 です。

そして 「苗頭」 とは “風によって” 飛行中の弾丸が横にずれることを意味したのが語源 です。 しかも、これは艦砲での話しではなく、陸上での、しかも滑筒砲 (Smooth Bore Gun) の時代のことです。

(注) : 「筒」 は例によって替え字です。 以下全て同じ。

因みに、旋条砲は 「Rifled Bore Gun」 といい、「旋条」 を 「rifling」 と言いますが、「旋条」 という用語は普通名詞であって、“旋条された” などと動詞で使われることは ありません。 「旋条が施された」 又は 「旋条を有する」 です。

そして、旋条による弾の旋転によって生じるこの現象の “結果” は 「定偏」 (Drift) と言います。

(注) : この現象そのもののことは旧陸軍・陸自では 「偏流」 といっていますが、旧海軍・海自では使いません。 単にその結果としての 「定偏」 のみです。

しかも、艦砲射撃において 「定偏」 のことを 「苗頭」 といったことはありません。 「定偏」 と 「苗頭」 とは意味の異なる別の用語です。

(注) : 明治30年代の初め頃、一時的に 「定偏」 に替わり 「固有偏差」 という用語を使ったことがあります。 また 「定偏差」 と言う用語も出てくることがありますが、何れも極く一時的なものでした。

しかも、その 「苗頭」 との違いが理解できていない 「定偏」 についてさえ 『別宮暖朗本』 のいう、


帝国海軍であれば、旋条は右回転を与えるようにつけられているから、弾丸飛行中、やや右にずれることになる。 だがこれは1000メートル以内の据え切り砲戦で 問題になる にすぎず、語源はすぐ忘れられた。  (p64) (p68)

(注) : 太字 は管理人による。


などは、もう何というか、小学生でも判る “ウソ” ですが ・・・・ 定偏の原因が旋条による弾の旋転ならば、その値 (量) は飛行秒時、即ち射距離が長くなれば長くなるほど大きくなるのは自明のことです。 したがって、もし 「定偏」 の問題について言及するとしても、せいぜい 「1000メートル以内の据え切り砲戦ならば “問題にならない” 」 でしかあり得ないわけです。

しかも、


1878年(明治11年)の砲術教範にはこの言葉がすでにあり、艦の中心部から 何度で射撃すべきか決定するさいの数字をさした。  (p64) (p68)

(注) : 太字 は管理人による。


一体如何なる “砲術教範” なるものを見て言っているのか判りませんが、定偏も苗頭も “艦の中心部から” であるはずがありません、照準線に対して、です。 まったく、唖然とさせられます。

なお、「定偏」 については 『射撃理論解説 超入門編』 及び 『同 初級編』 で説明しておりますので、詳しくはそちらをご参照下さい。




 「苗頭」 の定義


この用語の定義は 『艦砲射撃用語集』 に示してありますが、念のために書きますと


旧海軍の定義

左右苗頭とは射弾を目標に導く為、照準線に対し筒軸線を修正すべき左右方向の角度を言い、水平面上若しくは鏡座面上に投影せるものを千分の一 (1/1000) 単位にて呼称す。 水上射撃にありては単に苗頭と言うを例とす。

海上自衛隊の定義

左右苗頭とは射弾を目標に導くため、照準線に対して筒軸線のとらるべき左右の角度を言い、密位で表す。


(注) : “例とす” というのは 「(特別のことが無い限り) そうすべきである」 という意味の官公庁用語です。)


ということで、苗頭とは照準線を基準とする左右方向の修正量の “総量” のことです。 これには定偏、運動見越、風など弾道に関する全ての修正要素が関係してきます。 ですから、「定偏」 の “修正量” のことを 「定偏苗頭」 と 、そして同様に 「自苗頭」 「的苗頭」 「風苗頭」 と言うことがあります。




 「苗頭」 とは運動見越のこと?


さて、その 「苗頭」 ですが、『別宮暖朗本』 では次のように説明されています。


長距離射撃をやるためには、旋回手や俯仰手のカンや暗算に頼ることはできなくなり、どこかで距離や苗頭を計算する必要が出てきた。

長距離射撃で命中させるには、まず苗頭を正確に把握する必要がある。 苗頭とは次ページの図における 「β マイナス α」 である。

まず自艦は C の位置で黒艦を射撃したいとする。  C にいるときには黒は A の位置に見えるのだが、実際には (A) 灰色艦にあるものとして射撃せねばならない。 これはクレー射撃をやるとき、マトの飛んで行く少し先を狙わないと命中しないのと同じ理屈である。

そして (A) にいた灰色艦に命中したとする。 すると次の射撃のとき (12インチ主砲であれば2分後)、旋回手は今の砲位置からどの程度変更せねばならないだろうか?  (p64〜65) (p68〜69)


betsumiya_drift_p65_s.jpg

( 苗頭 (びようとう) ←ママ ) (p65) (p69)

(注) : 太字 は管理人による。


「苗頭」 の定義は既にご説明したところですが、皆さんは 『別宮暖朗本』 のこの図と記述で 「苗頭」 が何であるのか理解できるでしょうか?  おそらく無理と思います。 全くのデタラメですから (^_^;

既に皆さんにご理解いただきましたように、早い話 「苗頭」 というのは 照準線に対して 砲軸線を左右にどれだけずらすかということですから、これでは全くトンチンカンな話しになります。 しかも角度 「α」 や 「β」、そして 「α−β」 なるものが何なのか、全く意味不明です。

もうお気づきと思いますが、どうも著者はこれをもって 「見越」 の話しをしているらしい、と推測されます。 が、それにしてもこれではその 「見越」 の説明にもなっていません。 これを要するに、何度も書いてきました 「照準」 「測的」 ということを全く理解していないから、こんなデタラメな文章や図しか書けないのです。


長距離射撃となれば、これでは間に合わず、砲術将校が計算せねばならなくなった。 はじめは幾何学や三角関数の教育を受けた砲術長をトップとした砲術将校が、航路指示器を使って、苗頭を算出した。 航路指示器は発明者の名前をとりバッテンバーグ・インジケーターと呼ばれ、イギリス海軍には1890年ごろ導入された。 (p65) (p69〜70)


betsumiya_battenberg_p66_s.jpg

(バッテンバーグ・インジケーター) (p65) (p70)

(注) : 太字 は管理人による。


だから1904〜05年の日露戦争で日本海軍もこれを使って “苗頭計算” をやったとでも言いたいのでしょうか、この著者は?

この航跡指示器なるもの、正式名称は “Battenberg Course Indicator” といいます。 次 ↓ のURLなどでも詳細に紹介されていますのでご参照下さい。  しかも、『別宮暖朗本』 にある図そのものズバリが掲載されていますので。


http://www.gwpda.org/naval/ou5274.htm



この著者はこの史料を見ていながら、これの使い方さえ読んでいないのでしょうか?  この 「航跡指示器」 などを使って、いったいどうやったら 「苗頭」 が計算できるのでしょうか?  そんなことができるなら是非その方法をご教示願いたいものです。

そもそも 「苗頭」 というのは “弾道” に関するものですから、それには 「射表」 がなければ算出できません。 各砲種に対応した 「射表」 がこの “Battenberg Course Indicator” のどこに設定されているというのでしょうか? 最低限、「自艦運動」 「的運動」 「風」 「定偏」 の4つの射表値が必要になりますが。

実はこの “Battenberg Course Indicator” という器具は、艦がある運動をするためには針路や速力をいくらにすればよいか、とか、相対風を艦首から何度に受けるためには艦の針路・速力をどうすればよいか、などといったことを簡単に算出するための器具なんです。 したがって 「苗頭」 の計算など出来るわけがありません。

しかもこの様な器具が無くても、これで出来ることは “全て” 「運動盤」 (Maneuvaring Board) と呼ばれる “たった一枚の紙” の上で、三角定規とコンパス、デバイダー、それに鉛筆があれば簡単に作図することができます。 この器具はそういう機能のものなのです。


manu_board_01_s.jpg

( 運動盤の用紙の例 )


余談ですが、この運動盤、今でも占位運動訓練などで頻繁に使いますので、海自の初級幹部にとってはこれの使い方 (作図の仕方、= 「運動盤解法」 と言います) は必修のものです。


そして、苗頭の計算というものは、こんな器具を使わなくても、測的や風の測定などがキチンとできてさえいれば、「射表」 を使って簡単に出すことができます。 射撃指揮装置など無かった当時、艦砲射撃そのものがそれで十分間に合うレベルだったのです。

それにしてもこんなデタラメが堂々と書けるのも、「測的」 「見越」というもの、そして 「苗頭」 「照準」 というものが何等理解できていない故の “想像・空想” の産物だからなんでしょう。

なお、「射表」 を使ってどうやって 「苗頭」 を出すのかをまだご存じない方は、『射撃理論解説初級編』 『弾道修正』 『射表の使い方』 でご説明しておりますのでそちらをご覧下さい。


砲手の仕事は弾丸の装填だけになった。 おそらく第二次大戦に従軍した水兵で苗頭という言葉を知っているのは、駆逐艦乗りだけだろう。 (p73) (p76)



今日においてさえ、海自の幹部や射撃関係員なら誰でもよく知っているどころか、日常的に使っている (使わざるを得ない) 用語を、ですか? (^_^;  もうここまでくると、全く “知らず、判らず、調べず” に堂々とデタラメを書き連ねる、驚くべき行為の産物と言わざるを得ません。 “素人さんの書いたものだから” で済まされるような話しではありません。 あまりにもお粗末すぎます。







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 最終更新 : 28/Jun/2011