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「用法」 について




雷撃法や魚雷発射法についてお話しする場合、まず最初にどうしても理解していていただきたいものが 「用法」 という用語についてです。

一般の刊行物やネット上では軍事関係については外形や性能要目については多くが語られ、また実物の使い方を実際を見る機会が無い人達にとってはどうしてもその方面に関心が行ってしまうようです。

それはそれで致し方ない面がありますが、その一方では艦船、航空機や各種の兵器・装備については、どの様な戦術的な使い方がされるのか、どの様な運用法があるのか、などの “用兵者” にとって重要なことがなかなか出てきません。

旧海軍及び現在の海上自衛隊には 「用法」 という専門用語がありますが、これなどはその典型の一つと思います。

この 「用法」 という用語ですが、 これは艦船や航空機自体を始めとする武器・装備の機構的な “操作法” “使用法”、あるいは単なる物理的な “使い方” “扱い方” のことではありません。

それらの全てを含み、性能、制限・制約、そして場合によっては要員や整備、補給などの後方支援についても、関係するあらゆる要素を検討・検証し、それに基づいて様々な戦術的状況下における最適な使用法や運用法の標準、基準を決めること、あるいはその決めたもののことを言います。 例えば 「〇〇型イージス護衛艦の用法」 や 「〇〇式機雷の用法」 などといった具合にです。

「用法」 というのは基本的に用兵者の問題ですから、まずハードウェアの性能・制限などを十分に把握するために制式化前から立ち上がりますが、本格的な実験・研究は制式化された後になります。

そしてその用法も、部隊での使用実績と所見により、また戦術環境の変化などによってもどんどん改善や修正がなされていくもので、一度決めたらそれでというものではありません。 もちろん改造などがなされれば、それが影響するところは全て見直します。

その一方で、一度部隊配備された艦船・航空機や兵器については、想定されるありとあらゆる可能性を試してその最大限の能力・限界までを把握し、それを活用した戦術や使用法を決めておくことは、用兵者として絶対に必要なことです。 単に当面は予想されないから省略、ではありません。

例えば、航空機に3本の魚雷搭載能力があるなら、その3本搭載時の使用法と戦術を 「用法」 として追求しておくことは当然のことです。 当面その状態で作戦する様なことは見込まれない、としてデモンストレーション (写真撮影) だけで終わるなどということは決してありません。

もちろんこれは一般的な話しですから、例えば短命で終わったような機種については、用法の全てを網羅する余裕が無かった場合もあったかもしれません。 また、搭載能力はあっても雷撃任務がその機種から正式に外されれば、当然これの用法もまた除外されます。

ただし 「用法」 といってもその様な名称の決まり切った一つの定型文書が作られるわけではありません。 具体的な戦術や運用準則などを作るための基礎データ・資料となるもののことです。



某巨大掲示板での議論の例でお話ししますと、航空機に複数本の魚雷が搭載できるようになったとしても、それは単に “物理的” にそうなっているということに過ぎません。

複数本搭載できるならば、当然それを全て一斉に同時発射するのか、単発ずつ発射するのか、あるいは一定秒時間隔で連続発射するのかの選択肢が出てきます。 あるいは常に全数搭載するのか、状況によっては単発搭載なのか、ということもあります。

したがって実戦においてどの様に搭載し、どの様に発射すれば最も効果的なのか。 上記の様々な要素を検討、検証して最終的にこれを決めるのが 「用法」 です。

複数魚雷の同時発射であるならば、雷撃法からすると、複数本が同時に命中するならばその効果は単発よりは高いでしょう。 しかし反対に見越などに少しでも誤差があれば命中せず、複数本とも無駄になってしまいます。 そして魚雷が水中に入って駛走を始めた時に必然的に発生する雷道の誤差によって、魚雷どうしが接触してしまう 「触雷」 という大きな問題の可能性が出てきます。

その一方で、単発発射であるならば、少なくとも1発は命中させ得る確率が高くなります。 この場合、時間差を持たせて1回の攻撃で複数本を連続発射するのか、攻撃回数を複数回にするのかも考えなければなりません。

1回の攻撃の場合は、どのタイミングでどの程度の時間差での発射が最適なのか、そして両翼に懸架している場合の発射後の母機のバランスなどの問題も出てきます。 複数回攻撃の場合は、当然その都度対空砲火による被害の可能性が出てきます。

また、それぞれの発射法について、単機攻撃の場合と複数機の場合、後者は編隊か異方向同時なのかなども、戦術状況に応じて最適な方法を決める必要があります。 もちろんこれはその国の戦術思想も影響します。

以上のことは、実際に実験を繰り返してデータを収集しつつ、一つ一つ解決しなければなりません。 場合によっては機体やその装備、あるいは魚雷そのものに改善・改良を必要とする場合が出てくるでこともあるでしょう。

これらのこと全てを網羅した結論が 「用法」 であり、この出来上がった用法に基づいて部隊が教育訓練を重ねて、初めて艦船・航空機や武器、装備品を実戦の役に立たせることができるようになります。

航空機が魚雷を複数本搭載可能になったから、あるいはイージス艦を建造したから、と言ってそれだけで実戦力になる、というような単純な話しではない、ということです。

一例を挙げれば、旧海軍の場合は九七式大艇で初めて2本の魚雷が搭載可能になりましたが、横浜海軍航空隊においてこの用法の実験中に太平洋戦争が始まってしまいました。 このため、これの用法については旧海軍として決められないまま、横浜及び東港の各航空隊において、それぞれでその時その時に判断した方法でやっていたと考えられます。

東港空では、開戦直前に横浜空の実験中の様子を参考にして見よう見まねで同空の 「戦闘準則」 に雷撃法を追加しております。 これについてはブログで連載中の日辻常雄氏の回想録 『大空への追想』 で出てきますが、雷撃態勢などについては書かれているものの、魚雷の発射法については残念ながらありません。 そしてこれが開戦以降もそのままであったかどうかも判りません。

その開戦早々の大艇による雷撃の実戦例としては、既に 『大空への追想』 でも出てきました、開戦早々の昭和16年12月31日の東港航空隊による 「ヘロン」 攻撃のケースがあります。 これについては、戦闘行動調書がアジ歴でも公開されていますので、興味のある方はご参照下さい。


『 昭和16年12月〜昭和17年2月東港空飛行機隊戦闘行動調書 (2) 』 ( リファレンスコード : C08051599300) 中の p38〜39


この攻撃において、九七式大艇x3機の爆撃隊に引き続き、雷撃隊 x3機は各機 x1発の魚雷をもって三方向からの同時攻撃を実施していますが (指揮官機は被弾し喪失)、これがどの様な判断でこの様な戦術を採ったのか、これが東港航空隊の常用戦術であったのか、などの詳細は不明です。

また、当該戦闘行動調書 (p29) にもありますように、これに先だつ12月28日に雷撃隊 x2機をもって敵駆逐艦を攻撃し、各機 x1発の雷撃を行っております。 加えて 『海軍水雷史』 (同編纂会編、非売品) ではこの2回の実雷撃時はもちろん、12月6日、24日、翌1月6日の出撃準備においても、全て毎回雷撃機には魚雷 x2本を搭載したとされております。

そして開戦早々に、複数本搭載どころか、飛行艇による雷撃という戦前の “構想” そのものが全くの机上の空論に過ぎず、誤りであったことが判明したことはご承知のとおりです。 実際、東港空 (後の八五一空) においては、早くも17年1月6日以降は飛行艇による雷撃を実施しないこととされております。

結局、旧海軍においては終戦に至るまで複数魚雷の用法については “決まっていなかった” のであり、 “同時投下が原則” などは存在しなかったのです。 存在のしようがありません。

ましてや “軍令部の要求に複数本搭載が示されていた” などは、その事だけをもって 「同時投下が原則」 などを意味するものでないことは申し上げるまでもありません。

また諸外国においては、例えば米海軍の例で特定の機種のある時点でのマニュアルに 「同時投下」 が規定されている、と言われても (結局はそれが書かれているという実例一つ示されませんでしたが)、それはそれだけのことであって、米海軍が魚雷の複数本搭載について、同時投下を普遍的な “原則” としていたということを意味しません。

それぞれの海軍において “原則” であったと言うには、上にご説明しました 「用法」 の決定についてその根拠・証明が必要 であるということです。







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 最終更新 : 03/Mar/2014