レーダー (電波探信儀) について簡単にご説明していきたいと思いますが、従来市販の関係図書などは理論や細かい構造などに囚われすぎて、肝心な特徴や能力に関係する “おいしい” ところの解説がほとんど無かったように思われます。 その最大の理由は、そのほとんどがいわゆる “技術屋 (エンジニア)” の手になるもので、“使う側” に立った記述が極めて少ないことが挙げられます。 本項では、難しい理論などは極力省略して、レーダーを使う側の観点から、その特徴や能力に関する主要な部分の内の最小限のものをピックアップして、次の項目及び順序でご説明します。
レーダー(電波探信儀)とはここに来て下さる皆さんにはレーダー (Radar) とは何かをご存じない方はおられないと思いますが、RADAR とは 「 RAdio Detecting And Ranging 」 の略で、その名のとおり電波を利用して物体を探知し、距離を測る装置のことです。 旧海軍では 電波探信儀 と言い、 電探装置 あるいは単に 電探 などとも呼んでいました。 その原理は、一般書籍でも良く引用されるように、下図のやまびこ (こだま) やコウモリの場合と全く同じです。 やまびこは音声 (音波)、コウモリは超音波ですから、どちらでも普通の状態での音速 (伝搬速度) は1秒間に約343mです。 声を発して帰ってくるまでの (往復) 時間を計って、その1/2にこの秒速をかければ、音波を反射する物体までの距離が判ることになります。 レーダーがやまびこやコウモリの場合と異なるのは電波 (電磁波) を用いることです。 したがって、伝搬速度は光と同じで、3x108 m/秒であり、かつ周波数が非常に高いことになります。 しかし電磁波が光波と異なる点は、周波数の違いは勿論ですが、光波は直進するのに対して、電磁波は下図のように地球の表面に沿って幾分屈折することです。 したがって、人間の目で見える 視水平線 と レーダー水平線 とは異なることになります。 つまり、視水平線の下にあって肉眼では見えなくても、レーダーでは探知できる領域があると言うことです。 ただしこのレーダー波の屈折は大気の状況によって変わってきますので、正確に求めるには複雑な計算を要します。 因みに、目標が水平線より遠くにある場合、この目標の高さ (高度) によって、どれだけの距離で視認又はレーダーで探知できるのか (=視水平線又はレーダー水平線の上に出るのか) と言うと、その概略計算式は次のとおりです。
ここで、Rv及びRrは水平線上の最大探知距離、ho は水面からの眼高又はレーダーアンテナ高、ht は目標の高度又は高さ、です。 例えば、アンテナ高が水面上81フィート (≒27m) の場合、レーダー水平線は約11.1マイル (≒20.6km) であり、また高度3000フィート (≒1000m) で近接してくる航空機は最大でも約78.7マイル (≒146km) でしか探知できないことになります。 勿論これは物理的にであって、実際にはそのレーダーの受信器の性能や目標の大きさなどによってはこれより近距離でしか探知できません。 レーダーの基本構成レーダーの極めて一般的な構成をブロック図で表しますと、下図のようになります。
使用周波数と探知能力上の最初の項でやまびことコウモリの例を出しましたが、これらは音声 (可聴波) 及び超音波でしたが、それではレーダーが用いる電波 (電磁波) はどれくらいの周波数のものを使用するのかと言いますと、下図の 赤丸 で示した範囲が代表的なところです。 この赤丸の範囲をもう少し具体的に表にすると次のとおりです。 この表の右側に 「用途」 としてレーダーで一般的に使用される種別を示していますが、周波数との、逆の言い方をすれば波長との関係に注目して下さい。 即ち、レーダーにおいては、周波数が低い (=波長が長い) ほど、高電力の送信パルスを作りやすく、大気中の伝搬ロス (=減衰) が小さくて遠距離向きですが、逆に細かいところを見分ける解像度が悪くなります。 したがって用途としては “目標が存在するかしないか” を見分けることを主目的とする早期警戒レーダーや遠距離の捜索レーダー向きとなります。 反対に周波数が高い (=周波数が短い) ほど、高出力のものは難しくなり、かつ伝搬ロス (=減衰) が大きくなるため近距離向きですが、逆に解像度が良好となり、用途としては近距離の沿岸用航海レーダーや射撃用レーダーなどに向きます。 ただし、これらのことは現在の技術レベルからすることであって、レーダーが誕生したばかりの 第2次大戦中においては、当初はメートル波(=VHF帯)に始まって終戦までに順次センチメートル波(=UHF〜SHF帯)に 開発が進んできた状況で、それは如何に短い波長のものにして解像度、即ち目標の映り具合の正確度を高めるか、という競争であったとも言えます。 そして、上の図で言えばメートル波を使用したものは長距離捜索用ですが、当時は受信器の信号処理能力が低かったために、今日で言えば近距離に相当する探知能力しか発揮できませんでした。 指示器の表示方式レーダーの指示器(スコープ)の表示方式には多くの形式がありますが、ここでは第2次大戦中に艦艇において使用された代表的なものをご説明します。
送信パルスと探知能力(1) レーダーの送信波 レーダーが発信するレーダー波は、CW (連続波) レーダーなどの特殊なものを除き、基本的には次のように使用するレーダー周波数の電波で形作られる パルス波 です。 τ が パルス幅、A の2倍が 振幅、T が パルス間隔 (又は、パルス繰返周期) です。 パルス間隔の逆数、つまり1秒間に何回パルスを出すかを パルス繰返周波数 (PPS) と言います。 また、パルス幅とパルス間隔との比率 (=τ/T) を デューティ・サイクル (duty-cycle) と言います。 (2) パルス間隔 レーダーでは、このパルスを送信し、目標に反射して再びアンテナに戻ってくるまでの時間を測定して距離を割り出します。 したがって、通常のレーダーの最大探知距離はどんなに長くても、パルスを1回送信してから次に送信するまでの、このパルス間隔 (T) からパルス幅 (τ) を引いた残りの時間の1/2に相当する距離に限定されます。 例えば、パルス間隔を1ms (=パルス繰返周波数 1000) の場合、3 x 108 x 0.001/2=150000m (=150km) が物理的な最大探知距離になります。 Aスコープ表示で示しますと次のような感じになります。 (3) パルス幅と振幅 レーダーパルスの強さはパルス幅と振幅の乗数 (2A x τ) で表されます。 この値が大きければ大きいほど送信する電力の強いものになりますから、より遠距離で、より小さい目標を探知出来ることになります。 しかしながら、余りパルス幅が大きいとレーダーエコー (受信信号) の解像度が悪くなります。 つまり、パルス幅の1/2以内の距離に2つ以上の目標が存在する場合には1つのエコーとしてしか受信できません。 下の左の図では、目標1と目標2の反射エコーは2つの目標ビデオとして分離してスコープに表示され、また目標3は写りません。 しかし、右の図のパルスの場合には、目標1、2、3の3つの反射エコ−が重なって1つの目標ビデオとしてしか表示されません。 例えばパルス幅 (τ) が5μsの場合、3 x 108 x 0.000005/2=750 (m) 以内では2つの目標があってもレーダースコープ上は1つの目標として表示されます。 これを 距離分解能 と言い、それぞれのレーダーの特性・能力を示す重要な要素の一つです。 また、例え1つの目標の場合でも、スコープ上には上の例では1500m幅のビデオ映像として表示されることになることに注意する必要があります。 即ち、目標の奥行きが10mであっても、スコープ上の目標ビデオはパルス幅分の奥行きとして表示されると言うことです。 目標の状況によってAスコープ及びPPIスコープ上でどの様に映像が映るかの例を下に示しますので、それぞれの表示方式での特徴と合わせ、このパルス幅の問題を理解して下さい。 したがって、目標が存在するのかしないのかを知ることが最も重要な捜索用や早期警戒用のレーダーでは強いパルスを要求されますので、比較的このパルス幅が大きく、逆に目標の正確な距離や数の判別を要求される射撃用レーダーでは、比較的このパルス幅が小さい、即ち鋭いパルスを使用することがお判りいただけると思います。 送信ビームと探知能力アンテナから送信されるレーダー波は、次項でご説明するアンテナの形状によって決まってくる ローブ (robe) というものを形成します。 このローブは下図の左の様にレーダー波の電力がアンテナからの出力の1/2となる点を結んだもので、その最大角度となる値を ビーム幅 と言います。 このビーム幅は右の図のように横方向と縦方向とで表し、それぞれのレーダーが有する特質・性能を示す重要な要素の一つとなります。 ローブ (レーダービーム) の形状は、上の項でも説明しました様に、使用するアンテナの型式で基本的に決まってきまが、ここで注意しなければならないのは、パルス幅の項で説明しましたことと同じように、等距離にある複数の目標でもこのローブの内側に存在すると、それはレーダースコープ上では1つの目標ビデオとしか表示されません。 これを 方位分解能 と言い、これもそれぞれのレーダーの特性・能力を示す重要な要素の一つです。 方位分解能は、実際にはビーム幅の1〜1.5倍の角度となります。 概念的に示すと下図のようになりますので、このことを理解して下さい。 このローブ (ビーム幅) の問題から、例えば全周旋回の水上捜索レーダーの映像をPPI表示する場合で見てみると、下左図の様な陸地や艦船などの場合、これらの物体からのレーダー反射波は、中図の灰色で着色した部分として得られます。 そしてこれがPPI画面上では、右図の白色の部分がビデオ信号として輝いて見えることになります。 これらのことからも、レーダーの映像というのは、実物を人間の目で見るのとはかなり異なった状態・形状となり、その判別には相当の知識と熟練を要することがお判りいただけると思います。 それでは、ご参考までに太平洋戦争当時の実際のレーダーのPPI表示の例をお目にかけます。 下の2枚の写真は、昭和18年3月6日 (日本時間5日) のクラ湾夜戦で 「村雨」 「峯雲」 が一方的にやられた時に米海軍の 「デンバー」 がSGレーダーの画面を撮したとされているものです。 勿論、このレーダー画面では状況がよく判りません。 当時、米海軍側は南下の針路で、「デンバー」 は巡洋艦3隻の殿艦、後には駆逐艦 「コニー」 のみのはずでした。 そして、例え日本艦が判別できたとしても、このPPI画面で方位と距離を測っただけでは “レーダー射撃” などできるわけがないことは、もうここまで読み進まれた方にはお判りいただけると思います。 ただし、作戦・戦術 (=部隊運用・運動) 的には、これだけの情報が得られると得られないとでは雲泥の差になってきますから、あとはその利点をいかに砲戦や魚雷戦に結びつけるかという点になることに注意して下さい。 アンテナ形状とレーダーのタイプレーダーのアンテナの形状というものは、そのレーダーが使用する電波の周波数や、このアンテナで形成されるローブ(レーダービーム)の形に密接に関係しています。 したがって、アンテナの形状を見るだけでこれらの大凡が判別でき、したがって、そのレーダーの用途も判ることになります。
レーダーと艦砲射撃海戦とか艦砲射撃とかについて述べるときに、世の中にはどうも一種の “レーダー神話” の様なものがある気がしております。 つまり、太平洋戦争当時でも米軍は優れたレーダーを持っていたから日本海軍に海戦で勝てたとか、だから優れた艦砲射撃能力を持っていた、と言う様なレーダー万能・全能的なことが、堂々とまかり通り、平気で活字にもなっていることです。 一言で “レーダー” と言っても、それには用途に応じたいくつもの種類があり、また太平洋戦争当時はやっと実用化され始めたばかりであり、その能力も信頼性も、そしてそれを使う人間側のノウハウも、現在のレベルから見るならば、相当によちよち歩きだったという実態を認識する必要があると思います。 例えば、SGレーダーなどの様な水上捜索用レーダーは “レーダー射撃” をするためのものではありませんし、またそのような性能・能力を持っていないことは既にご理解頂けたと思います。 それらのレーダー神話の内、次の4点については事実を強調しておきたいと思います。 (1) 今日の射撃用レーダーが有するような、目標の “自動追尾” の機能・能力 を持ったものは、今次大戦期間中には実用化されなかった。 (2) 射撃用レーダーと言われるものでも、そのデーターが 射撃指揮装置に “自動入力” され、それを元に射撃計算をするようなものは、終戦間際まで実用化されなかった。 (3) 今日の射撃用レーダーで得られるような、そのまま 直ちに射撃に使用できるような精度 を持ったものは、今次大戦期間中には実用化されなかった。 (4) 装置としての信頼性が極めて低く、かつ頻繁に調整・整合を必要としたが、それでもカタログどおりの能力・性能を発揮できることは極めて少なかった。 皆さんの中には、例えば、(3)項では 「ソロモン海域での海戦などでは米海軍は夜戦でレーダーのみを使用した射撃を実施し、実際に命中しているではないか?」 というご反論をお持ちの方があろうかと思います。 これについては “命中率 0% という意味ではない” と言うこととお考え下さい。 また、ほとんどの場合は、距離データのみはレーダーで測ったものを利用しましたが、射撃の照準そのものは方位盤の光学照準で行っていました。 太平洋戦争における海戦の砲戦、魚雷戦などの能力分析については、行く行くは項を改めてご説明していきたいと思っています。 ★ ★ ★ ★ ★ 最後に、ここまで読み進んでいただいたお礼に、米海軍の戦艦に搭載された射撃用レーダーMk−13のアンテナをご紹介します。 カバーの中の本体を示すものとしては 本邦初公開 と思います。 (注1) : 旧海軍及び米海軍のレーダーについて、具体的な個々のものの詳細は、それぞれ 「旧海軍の砲術」 及び 「米海軍の砲術」 の中で解説しますので、そちらをご覧下さい。 (注2) : 本項のみは、史料庫収蔵史料の他に、次の文献を参考としています。 これらは何れもレーダー技術に関しては優れた内容のものであり、“技術的”
な専門事項を勉強する方にはお勧めです。 現在では何れも新版が出ておりますが、ただし大変高価になっております。 最終更新 : 27/Apr/2014 |