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第12話 VT信管と対空射撃 |
はじめに |
対空戦能力の評価要素 |
かつてサイトの掲示板の方で次のご質問をいただきましたが、そのお答えを兼ねて、ブログの方で平成23年 (2011年) に同タイトルで5回に分けて第2次大戦中の日米両海軍の対空射撃について連載したものを、本稿で改めて纏め直してご紹介するものです。
当時お尋ねいただいた内容は次のとおりでした。
同書 (是本信義著 『日本海軍はなぜ敗れたか』 ) には 「VT信管は化け物か?」 と題する対空射撃に関する項もありまして、日本の九四式高射装置と12.7cm砲に対して米国のMk.37と5インチ砲は命中率において 0.3 対 30~50%で、米側が圧倒的に有利とする記述がありました。 (最初、日本側は平射砲の三年式かと思ったのですが、高角砲とありました)
私の知る限り、米軍は比島沖で1000発/機以上の砲弾を使用していたはずですが、是本氏の示された数字は理論値か何かなのでしょうか?
また、氏はVT信管が有効に機能するためには高性能の GFCS が不可欠であり、また、時限信管であっても GFSC 次第で十分な命中率が期待できると述べております。 その根拠として、氏が 「きくづき」 砲術長時代に Mk.56 を使用して吹流しへの射撃を行った際に初弾で命中させた例を挙げておられます。 そして、結論として、能力的に不十分な九四式高射装置を使用する日本側にVT信管を配備してもさほど効果がないと結論づけております。 この辺りの信憑性は如何なものなのでしょうか?
合わせてお尋ねしたいのですが、事例として挙げられている 「きくづき」 のような戦後のフネの場合、砲自体が進歩している上、門数が減少していますから、戦中のフレッチャー級その他と対空射撃の手法が異なると考えてよろしいのでしょうか?
是本氏の著書は2つとも中で使われているネタはほとんど同じものなのですが、すぐに気がつくのは両書とも論述の具体的な根拠についてその出所 (引用) が全くと言ってよいくらい示されていないと言うことです。
特に今回話題にする対空戦については、私としてもその根拠が一体何に基づいているのか全く判りません。
つきましては、太平洋戦争当時の日米両海軍の対空戦についてお話しするに当たっては、まず両海軍艦艇の武器システムがどのようなものであったかの実態について、主として双方海軍の部内資料に基づいてご紹介するところから始めることにします。 もちろんこれら資料には戦後のものも含みます。
内容的には一般の方々にはちょっと詳細すぎるかな、と思うところまで踏み込みたいと思いますが、折角の機会ですのでこれまで一般刊行物では出たことのない、私の記事ならではのものにしたいと考えています。
太平洋戦争中の日米両海軍艦艇による対空戦の実態をお話しするとは言っても、両海軍艦艇で使用された対空武器システムについては、その総ての種類を網羅してご説明することはとてもではありませんができませんので、お尋ねいただきました第2次大戦中の日米両海軍の代表的なものに絞ることとします。
具体的には次のシステムです。
米海軍側 : 射撃指揮装置 Mk-37 + 38口径5インチ両用砲
日本海軍側 : 九四式高射装置 + 四十口径八九式十二糎七高角砲
そして、各艦艇のそれらのシステムを中心とする対空戦能力を評価するため、これを次の要素について分けてお話しし、最後にその総括としての総合能力の評価を纏めてみることとします。
(1) 砲弾 (信管を含む)
(2) 砲熕武器
(3) 射撃指揮装置 (FCレーダーを含む)
(4) 個艦の対空戦システム
米海軍では大戦後半となりますと駆逐艦以上には艦内にCIC (Combat Imformation Center) が設けられ、ここでレーダーを中心とする戦闘情報が集約され、これに基づく戦闘指揮が行われるようになりました。 これについても最後の項で合わせて触れてみたいと思っています。
ただし、「対空戦 (Anti-Air Warfare,AAW)」 ということについては、現在では関連する事項を含めますと大変に幅広い内容となります。 また、本来ですと当時の艦隊における部隊防空にまで踏み込んでお話ししないと、なぜ日米海軍の対空戦があの様な様相になり、あれだけの差が出たのかの実態に繋がりませんが、これらについてはまた別の機会とさせていただきます。
米海軍側の 「38口径5インチ砲用 空通常弾 AAC(VT) Mk-35」 と 「VT信管 Mk-32」 及び 「VT信管 Mk-53」 の詳細データについて、そして日本海軍側の 「四十口径十二糎七高角砲通常弾」 と 「九一式信管」 の詳細データについてはそれぞれのコーナーでご紹介しておりますのでご参照ください。
これらのデータを比較しながら、少し補足を。
米海軍の38口径5インチ砲用のVT信管付きの対空通常弾には Mk-35 の他に Mk-31 及び Mk-34 がありますが基本的には大きな違いはありません。
威力に関する諸元で日米のものを比較すると次のとおりです。
砲 種 | 12.7cm/40 | 5”/38 | 8cm/40 | 3”/50 |
弾 種 | 通常弾 | AAC | 三号通常弾 | AA |
全重量 | 23.00 kg | 25.08 kg | 5.79 kg | 5.9 kg |
炸薬量 | 1.778 kg | 3.29 kg | 0.465 kg | 0.336 kg |
重量比 | 7.73 % | 13.1 % | 8.03 % | 5.57 % |
その両海軍の対空弾の弾片の有効範囲ですが、実はこれはその定義が非常に難しいもがあります。 何しろ “弾片” ですし、相手は航空機ですから、何を以て “有効” とするかということは、単なる弾片の拡散範囲や存速などだけでは決められないものがあります。
例えば、旧海軍史料によるデータでは次のものがあります。
砲 種 | 12.7cm/40 | 8cm/40 | |
弾 種 | 通常弾 | 三号通常弾 | |
破 裂 高 | 6,000 m | 4,000 m | |
散布界 | 直 径 | 70 m | 40 m |
面 積 | 15,000 m2 | 5,000 m2 | |
弾片密度 (個/1m2) |
平 均 | 4.0 | 4.0 |
中央部 | 55 (1 ~ 300 g) | 64 (1 ~ 100 g) | |
中間部 | 10 (10 ~ 300 g) | 2 (10 ~ 100 g) | |
周辺部 | 0.4 (100 ~ 300 g) | 0.3 (50 ~ 100 g) |
とはいえ、これだけでは話が続きませんので、各種史料を総合し、弾片の大きさ、散布界、存速、密度などを勘案して、「有効範囲」 をごく一般的に 「1発の弾丸の弾片により航空機に対して何等かの被害を与えられる範囲」 として考えますと、大体次の様な値になります。
砲 種 | 12.7cm/40 | 5”/38 | 8cm/40 | 3”/50 |
遠 近 | 20 m | 25 yrd | 14 m | 15 yrd |
左右・上下 | 20 m | 18 yrd | 14 m | 10 yrd |
ところがここで問題になるのは、この弾片の拡散範囲というのは、破裂点を中心とする “円球全体内に均一” に広がることではない ということです。
つまり、下図はその有効範囲における弾片撒布の状況を示した図です。 手書きのもので大変にラフなものですが、大体のパターンを理解していただくには十分と思います。
( 図の上が弾道切線 (≒弾軸) の方向 )
38口径5インチ対空通常弾 (AAC)、12糎7高角砲通常弾、8糎高角砲三号通常弾及び50口径3インチ対空通常弾で、総て同じ傾向のパターンであることがお判りいただけるでしょう。
したがって、目標に被害を与える (=撃墜する) ためにはこの有効破片飛翔範囲に目標を捉える必要がある、と言うことです。
「九一式時限信管」 についての詳細は既にご紹介してあるところです。
この時限信管の作動誤差値については、旧海軍の実射試験データから ± 0.15 秒とされています。
下図は、旧海軍史料による九一式時限信管歯輪付の通常弾の弾道略図です。 手書きの非常にラフなものですが、おおよその弾道についてはお判りいただけると思います。
八八式及び八九式十二糎七高角砲において初速 720 m/秒とすると、この口径でこの初速程度の砲では、その弾道からするならば対空射撃における有効射程はだいたい飛行秒時 20秒程度、射距離 9000m程度までくらいと言えます。
そこで、この射距離付近においては存速 300 m/秒程度となりますので、信管作動誤差 ± 0.15 秒の時、弾丸破裂点の散布は ± 45 m 程度となります。 これに上下左右の誤差を考慮した範囲が炸裂範囲となります。
この射程より近い場合には存速が高く、これにより弾道 (距離) 上の作動範囲が広くなりますが、その代わり射撃精度と弾道性能そのものが良くなることはもちろんです。
ではこの信管作動誤差による破裂散布範囲は大きすぎるのでしょうか?
これについてはもう少し詳細に検討の余地が残されていますが、しかしながら射撃指揮装置による射撃計算の誤差や発砲諸元伝達、発砲時の誤差などを考慮し、適宜の散布であることが必要となることは確かです。
とするならば、先の弾片散布図と併せて考えるならば、これは射撃指揮装置の性能・精度さえそれなりに確保されていれば、当時としてはそれ程悪い値ではなと言えます。
むしろ、旧海軍の対空射撃の思想であった、射撃指揮装置1基で2~4基の連装砲を管制しての弾幕射撃であるならば、この誤差散布は逆に充分に受け入れられるものであると言えます。
初心者の方はこの射撃における誤差が小さければ小さいほど命中率は高くなるのではないかと思われるかもしれませんが、艦砲射撃というのはいわゆる “狙撃” とは違います。 如何に照準が正しかろうと、また如何に射撃計算が正確であろうと、射弾には必ず何某かの “誤差” が伴いますので、この “適度な散布” というのが重要 なのです。
この適度な散布による弾幕の中に目標を包み込まなければ “絶対に” (いつも申し上げますが、確率 “0%” という意味ではありません) 命中しません。 対空射撃システムのみならず、水上射撃も含めた 「艦砲射撃」 というものを考える場合には、このことが重要なのです。
因みに、当時の旧海軍におけるこれら射撃指揮装置や高角砲をもってする対空射撃の考え方については、既に 『史料展示室』 コーナーで公開している次の史料が参考になるでしょう。
回路図も含めて、当時のVT信管の一般的な構造や作動原理については別項にてご説明する予定にしていますが、それはともかく。
太平洋戦争中に Mk-32 及び Mk-40 は Mk-53 に取って代わられたとされていますが、実際終戦までにこれらのVT信管がどの程度の比率で用いられたのかは手持ち史料がありませんので判りませんので、初期のVT信管である Mk-32 のデータ をよくご覧いただきたいと思います。
Mk-32 は最高 20%近くが早発してしまいます。 そして残りの 80%の内の 65%しか正常に作動しないとされています。 ということは射程が長い場合には約半数しか機能しないと言うことです。 後継の Mk-53 でも長射程では約7割程度です。
これは射撃精度が良いとか悪いとかの結果とは無関係で、単に信管が正常に作動するかどうか、という話です。
( この時点で、是本氏の言う “命中率 30 ~ 50%” は既に誤りであることがお判りでしょう。)
さて、そこで先の弾片散布図を思い出してください。 そして下図がVT信管の電波の送信パターンです。
VT信管がこのような送信範囲で作動していたのでは、先の弾片散布に対してはほとんど役に立たないことがお判りいただけると思います。
そこで、VT信管の受信回路では、目標からの反射波の到来方向による受信感度を調整することによって、この弾片散布に合わせるようにしているのです。
つまり、下図のように、受信部の感応範囲を弾片散布に最も適合するように設定しています。
しかし、当然ながらVT信管の感応・起爆時とその後の弾丸の炸裂、弾片散布との間にはタイムラグがありますので、想定する目標の大きさはもちろん、速度、相対的な運動方向などを勘案して、この感応範囲が決めなければなりません。
下図は各種VT信管の感応範囲を比較したものです。 これも手書きの大変ラフなものですが、大凡の傾向は把握していただけるものと思います。
初期の Mk-32 はやや前向きに、次の Mk-40 は正横少し前に、そして Mk-53 が弾片散布より僅かに前方になってます。 これは理論と実証データによって、順次改良がなされてきたと言うことです。
それでは、このVT信管の感応範囲と弾片散布範囲とによって、これが何を意味するがお判りでしょうか?
そうです、VT信管と言えども、射弾に “適度な散布” がなければ命中率は高くならない と言うことなのです。
つまり、どんなに優秀な射撃指揮装置を用いようと、測的・射撃計算には誤差があります。 しかも目標は、その解法上の前提とする 「等速直進運動」 を維持して飛ぶ訳ではありませんで、特にレシプロ機の場合は通常に飛行してもかなりの “振れ” があります。
即ち、この誤差をVT信管の作動や弾片散布の値以内に収める、つまりそれだけ精度の高い指揮装置は砲熕武器などは、現在においても難しいということです。
したがって逆に、目標に対してこのVT信管の作動と弾片効果の範囲内に “どれかの” 射弾が入るように “適度な散布” と言うものが必要になってきます。
VT信管さえあれば、そして精度の高い射撃指揮装置があれば、何が何でも有効な対空射撃が出来る、というような簡単なものではない、ということがお判りいただけると思います。
最終更新 : 13/Sep/2020