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武式1米半測距儀



  論    点


本項は、多田氏が遠藤氏に異論を唱えたものではなく他の方に対するものですが、砲術として重要なものであり、また後の項目でのご説明にも関係しますので採り上げます。


  多田氏 :

日本海海戦での日本側の初弾発砲距離である6500mとか、その後の射撃における距離測定では必要な精度は得られないし、また目盛読み取りの点からも射撃に必要な正確な値を出したとは思えない。
教範にあるように試射としての初弾発砲時には使用されたであろうが、射撃はその後も長く継続されており 「三角測量法式測距儀が大活躍した日本海海戦」 (小倉磐夫 『カメラと戦争』) と考えるのは誤っている。

( 『軍事研究』 H17.11 p105 )




  解    説


上記は、明治27年に英国で建造した巡洋艦 「吉野」 に搭載して始めて我が国に持ち帰り、日本海海戦当時は主要艦艇に装備されていたバー・アンド・ストラウド (Bar and Stroud) 社製の1米半測距儀について、その精度と艦砲射撃への適用についてのものです。




測距儀の原理については、皆さんよくご存じのことと思いますが、早い話、人間の両目で物の遠近が解るのと同じで、測距儀も1つの物体を左右2つの窓から見る時の角度差を測って、それを距離に換算するだけのものです。

したがって、左右の窓の間隔が広いほど見る角度差が大きくなり、より遠くのものをより正確に測れることになることは簡単にご理解いただけるでしょう。

そしてまた、下の 「一図」 の様に左右の窓から入る映像を一つに (上下に) 合わせてその合致するところでこの角度差を測りますので、当然のことながら操作する者の測り方やその時の物の見え方 (明暗、物の大小・形状・状態、視界の善し悪し、等々) などによっても測定誤差が当然出てきますから、これらも考慮しなければなりません。




このことについて、多田氏はB&S社のマニュアル (1899年発行) の記載内容を引用した後に、更に次のように述べています。


このように遠距離では誤差があり目盛刻みも粗くなるが、日本海軍ではイギリス海軍からの情報か、あるいは艦隊での訓練による経験によるものであるかは判らないが、このこと (距離読み取りや遠距離での使用に問題があること) に気が付いており、前述の艦砲射撃教範とは別の教範 (艦砲射撃心得) では次のように注意している。

( 『軍事研究』 H17.11 p105 )



これを読むと日本海軍にはこの武式1米半測距儀のマニュアルが渡されなかったかのようにも取れますが、多田氏のB&S社のマニュアルの引用に依るまでもなく、これについては 「吉野」 就役のその年 (明治27年) 4月の 『海軍造兵廠報告第6号』 の中で、英国派遣中の山内万寿治の報告として掲載されています。




また、これと全く同じ内容が明治27年5月の 『水交社記事』 第47号に付図と共に全文そのままで掲載されています。




更には、測距儀の使用上の注意事項などについては、艦隊などでの使用実績を得た上で、明治34年5月の 『水交社記事』 第127号に当時常備艦隊参謀であった秋山真之による紹介として 「海上距離測定機ニ関スル記事」 というのが掲載されています。




したがって、これらのことは多田氏の指摘する 『連合艦隊艦砲射撃教範』 (明治37年) や 『艦砲射撃心得』 (明治40年) を待つまでもなく、艦隊の中では既に周知のことであったと言えます。

では、その当時の工作技術をもってこの角度差をどの程度の精度で測ることができたのか、と言うことになります。 これについては旧海軍の大正15年の 『測的に関する研究』 という史料に下図のデータが残されています。




この角度誤差をメートルに換算し直しますと、距離4千メートルで115メートルは、距離6千メートルでは205メートル、そして距離8千メートルでは300メートルとなります。 これがこの測距儀を最良の状態で使用した時の平均的な誤差です。

このデータによれば、B&S社の保証する1千メートルで1%、2千メートルで2%、3千メートルで3% ・・・・・ 以内という精度は十分に確保されていることになります。

では、実際に距離8千メートルのものを誤差300メートルで測れるのか、と言うとそうではありません。 今度は人間の目による読み取り能力とその誤差と言うものがあります。

測距儀の測距距離読み取り用の目盛ですが、近い距離ほど精に、遠い距離ほど粗に刻まれています。 下の下段2つの写真は実物の1米半測距儀の目盛です。 測定時には左目で上段の図「三図」の様に見えるわけですが、いわゆる有名な東郷ターン開始時の8千メートルや、砲戦開始時の6400メートルと言った距離の場合に下段右側の写真でどれ程の精度で読み取れるものかを考えて下さい。




測距儀の誤差と読み取り誤差とを併せて考えれば、この武式1米半測距儀が日本海海戦当日の艦砲射撃で50メートル、100メートルが問題になる時にどれだけ役に立ったかはお判りいただけると思います。

Special Thanks! : この頁で使用した実物カラー写真は、本HPにもお越しいただいているHN “hito” さんからいただきました。 ありがとうございます。 なお、この武式1米半測距儀の実物は hito さんがお持ちだったものですが、記念艦 「三笠」 へ寄贈されて末永く保管・管理されることとなり、現在同艦艦内で展示され一般公開されております。 大変喜ばしいことです。







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 最終更新 : 03/Jul/2011