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第8話 艦船とハンモック




  艦船のハンモックの起源
  帆船時代のハンモック
  蒸気推進の近代艦船のハンモック
  ハンモックとベットの寝心地




 

 艦船のハンモックの起源


艦船で使われたハンモック (Hammock) は、元々は中南米の先住民が使っていた寝具の一種 「Hamaca」 (現地語で 「アマカ」 と発音する) を起源とするものです。


( Hamaka の一種  画像はネットからお借りして多少加工しました )


そして、かの有名なコロンブスがこの Hamaka を持ち帰って広めたものとされ、その後種々の素材、形のものが考案されて、特に帆船時代においては艦艇及び商船において乗員、船員用として広範に使われることになりました。


 

 帆船時代のハンモック


木造帆船といえども “船” ですので、推進効率を高めるためには長さに比べて横幅は遥かに小さく、かつ水線下の形状は曲線で全体的にいわゆる “流線形” となっています。

そして水に浮きますので、波・うねりはもちろん、風の影響を受けることになります。

船舶工学の基礎中の基礎ですが、これによる船の動揺は、縦方向の 「ピッチング」 と横方向の 「ローリング」 を生じます。

船の動揺については、その他に 「ヨーイング」 や 「ヒーヴィング」 などがありますが、これらについては本稿の対象としませんので、省略します。

当然ながら 「ピッチング」 よりは 「ローリング」 の方が大きく、かつ船体の横方向の周期的な回転運動となります。


しかしながら、帆船は文字通り帆に風を受けて進みます。 しかもこの風を真後ろから受けることの方が少ないので、当然帆にかかる風圧の船の横方向の分力によって、船は反対側 (風下側) に傾く力が働きます。

この帆にかかる風圧の横方向の分力が大きければ大きいほど船を大きく傾けるわけですが、傾斜に対する船の復元力と釣り合うところまで傾いて2つの力が均衡します。

これによって、波・うねりによる船のローリングを抑え、その風圧と復元力の釣り合ったとこで傾いた状態で走ることになります。


( 帆船の帆走状態の絵画の例 )


もちろん、風はその都度風向も多少変化し、風力も変化しますし (息をする)、また波・うねりの状況によりローリングが完全に抑えられるわけではなく、その均衡する傾き角度を中心に多かれ少なかれ横動揺が生じることはもちろんです。


寝具としてのハンモックが導入されるまでは、艦船の一般乗員は甲板上又は衣装箱・道具箱やベンチの上などで寝ていたのですが、上記のように風がある程度以上ある場合には甲板が傾いたままとなります。 そして船内に入り込んだ (甲板には開口部も多い) 海水・雨水によって甲板は濡れた状態になることも多いのです。

このハンモックは前後2点で船体構造材のビームに吊りますので、横動揺・傾斜に対しては常に垂直の状態を保つことができますし、甲板面からは離れていますので、大変に便利なものであったわけです。

これに対して、ハンモックを船の長さ方向に対して横に吊ると、横動揺に対して頭が上下することになり、人間にとっては不快な動きになって眠ることができません。

したがって、ローリングを押さえ、横動揺が比較的少ない帆船とは言え、ハンモックは船の長さ方向に吊るのが原則 です。


これは風力がある程度強い場合のことだけではなく、風がそれほど強くなく、かつ波・うねりがある場合にはローリングも大きくなりますし、また風向と波・うねりの方向が一致しない場合も多いからです。

そしてこのことはなにも帆走中のことではなく、港湾などで錨泊する場合も無縁ではありません。


現在記念艦となっている当時の木造帆走軍艦におけるハンモックの例をいくつかご紹介します。 いずれもハンモックの展示用のものですので、吊り方など実際とは異なるところがありますが、こういう雰囲気だったということでご理解ください。







( いずれもネットからお借りしたものを多少加工しております )


特に、荷役のために岸壁に横付けするような商船と異なり、軍艦の場合は余程でない限り錨泊で、乗員も特別な用事・任務以外では上陸することはなかったことには注意が必要です。

そして何よりも、当時の乗員たる一般水兵にとっては、このハンモックの中が多少なりともプライバシーを保てる唯一の場所であったわけです。


( 港湾で錨泊中の艦内の様子を描いた当時のイラスト )


当時の帆船たる艦船においてこのハンモックの利点とするところは、動揺や船体の傾きに対して垂直を保つことの他に、次のようなことです。


1.一般商船と異なり、舷側に可能な限り大口径の大砲を可能な限り数多く並べるような艦船においては、乗員の数も多く、スペースの有効活用が求めらる。

2.就寝時以外では不要なものですので、随時取り外し、コンパクトに格納できる必要がある。 特に戦闘時には。

3.帆布製のハンモックは、戦闘時には円筒形に畳んで固縛したものは、小銃弾や砲弾命中により飛び散る船体部木片よけの防護材としてこれを要所要所に並べることが有効である。

ギザギザにささくれ立った木片が身体に刺さるとこれを除去することはほぼ不可能であり、ペニシリンの無かった時代においては致命的で、化膿、感染症防止のためには手足の場合は即切断が必要とされていました。


ではなぜハンモックのようなその中で動きにくい狭いものではなく、簡易式ベットの様な長方形のものを吊すようにしなかったのでしょう?

これはひとえに艦内スペースと乗員数との問題からです。 その一例として、19世紀初め頃の戦列艦でのハンモック配置の例を示しますと、下図のようなものがあります。

これは当時の代表的な74門砲艦の一つである HMS Bedford の下部砲甲板 (Lower Gundeck) のレイアウトです。




74門砲艦というのは、64門砲艦と共に三等戦列艦に区別されるタイプで、排水量 1,400 〜 1,900 トン、乗員 500 〜 600 名、長さ 51〜54m (バウ・スプリットを除く) 程度のものです。

その一方で、英国の一等戦列艦の 「ヴィクトリー」 (HMS Victory) の様な大型の戦列艦となると、現在の記念艦としてこの簡易ベット型の様なものが展示されているとされていますが、これが乗員全部用だったのか、一部だったのかは不詳ですし、資料によっては全て通常のハンモックであったともされています。




( 現在の記念艦 「ヴィクトリー」 における展示例 )


ただし、病人や怪我人用には、姿勢の保持などのためにこの様なものが用いられていたようです。

また、士官及びカーペンター (木工長) やボースン (運用長) のような後の准士官に相当するような者には、曲がりなりにも個別の区画が設けられ、寝台が置かれていた場合もあるようですが、これらは戦闘時には全て外して格納できるような簡易式のものでした。


とは言っても、「ヴィクトリー」 の提督室 (Admiral Cabin) では、現在の展示されている写真で見る限りでは吊ベットだったようです。


( 現在の記念艦 「ヴィクトリー」 における展示例 )


 

 蒸気推進の近代艦船のハンモック


では、風圧による甲板傾斜に対して垂直を保つためのハンモックの利点は、帆走装備が無くなった蒸気推進の近代艦船ではどうなのでしょうか?

日本語版 Wikipedia などでは次のように説明されています。


近代的な蒸気走行の船が登場すると、船体は常に水平を保つようになり、ハンモックを使うメリットが減少してきた。


本当ですか?

ここにご来訪いただく方々でしたら、これが “全くの誤り” であることはすぐにお分かりいただけるかと。

“船体は常に水平を保つようになり” って、蒸気推進の近代艦船であろうと帆船であろうと、櫓櫂船であろうと、船である以上当たり前のことです。

そして、水に浮かぶものである以上、当然のこととして波・うねり、風によって動揺を生じます。


上記したように、帆船では帆に受ける風圧によって船体は傾きますが、この傾きによって生ずる船体の復元力と釣り合うところで両者の均衡が図られます。

しかしながら水に浮くものである限り帆船といえども動揺が生じないわけがありません。 この均衡する力によって 波・うねりによる動揺を “抑える” だけなのです。


では、帆走しない近代艦船はどうなるのか?

帆船のようにこの動揺を抑える作用がありませんから、“常に水平を保つ” のではなく、“保とうとする” 復元力によって ローリングとピッチングの動揺を生じます。 特に、ローリングはピッチングに対して大きく、かつ周期的になります。 当然でしょう。

そこで、蒸気推進の近代艦船はこのローリングを少なくするものとして 「ビルジキール」 が考案され (英国のW.フルードの発明と言われている)、20世紀に入ってからは殆どの艦船に装備されるようになりました。 このビルジキールは動揺による船体回転の水中抵抗として働き、ローリングを抑制する効果があります。


( 戦艦 「安芸」 の船体中央断面図より )


とはいっても、あくまでも抑制ですので、だからといってローリングが無くなるわけではありません。 そしてその抑制の効果の程度は、船体とビルジキールの大きさや形状、取り付け位置や方法などによって変わります。

したがってハンモックは、帆船のように風圧によって船体が傾いたまま走ることによって、甲板の傾斜を是正するために垂直に保つためであるのに対して、帆走でない近代艦船では、この常に揺れ動く動揺に対して垂直を維持するためなのです。


“月月火水木金金” で有名な軍歌の一つである 『艦船勤務』 の中に


揺れる吊り床 今宵の夢は ・・・・


という歌詞がありますが、まさに甲板に立って観るハンモックはローリングに合わせて左右に揺れているように見えるのです。 実際は甲板の方が揺れているのですが (^_^)


つまり、帆船であろうと近代艦船であろうと、2点で吊り下げるハンモックの利点は大きいのです。

そして、ピッチングより動揺が大きなローリングに対するため、この ハンモックは艦首尾線と平行に吊る のです。 当然のことですが。

このハンモックの艦内における配置要領については、旧海軍の図面にはなかなか綺麗なものがないのですが、その中でも比較的判り易いのものをご紹介します。


( 装甲巡洋艦 「鞍馬」 下甲板前部の例 )

( 重巡 「高雄」 下甲板後部の例 )


また実際の写真となるとこれまたそれ以上に良いのが無いのですが・・・・


( 明治期の旧海軍の広報画像より )

( 第1次大戦前後頃の米海軍の艦内写真より )


このような例と異なり、艦首尾線と並行でない (構造上多少斜めに配置せざるを得ない場所を除く) 意図的な配置が全く無かったのかというと、私も古今東西全ての艦船を調べた訳ではありませんが、船というものの基本からすればあり得ないことです。

映画 『戦艦ポチョムキン』 の例などは全くの創作と言えます。 またHN 「hush」 氏からもご紹介があったギリシャの記念艦 「アヴェロフ」 (Averof) は、あれはハンモックについて見学者に判り易く見栄えの良い展示とするための “単なる見世物” です。

そもそもハンモックを柱の間に張ったワイヤーに通して吊るなどは、実際には有り得ない事ですから (^_^;



(ネットからお借りしましたものに加工しました)


ではなぜ第1次大戦前後頃から、艦船乗員でもハンモックではなくベットが多く使われるようになったのでしょうか?


その理由の大きなものが艦艇装備の変化に伴う艦内配置と居住性の向上、そして何と言ってもプライバシー確保の問題です。

舷側に出来るだけ大きな大砲を出来るだけ数多くずらりと並べる必要のあった帆船時代と異なり、艦首尾線上の主砲塔と舷側に沿った副砲・補助砲などとなり、かつ防御のための装甲が施され、そのためにそれなりの排水量、つまり船体の大きさが必要であることから、船体内のスペースには相当な余裕が出てきました。

そして、空調関係の装備・設備も改善されてきたことから、独立した兵員居住区を設けることが可能となり、かつベット方式とすることによってプライバシーの確保・向上が図れるようになったのです。 個々のベット周りのカーテンを閉めればプライバシーを保てます。 それに、数段 (2〜4段) のベットと個人用のロッカーしか配置しなければ、区画内は効率的に多人数用にスペースが活用可能です。 これらは大きなメリットでした。

( 重巡 「アストリア」 (CA-34 Autoria)の中甲板後部の例 )

( 戦艦 「ミズーリ」 (BB-63 Missouri)上甲板上構内の例 )


ではなぜ旧海軍の兵員のベット化が遅かったのか?


これは、一つは諸外国海軍の嘲笑を浴びるほどに平賀デザインの影響を受けた旧海軍軍艦の居住性の低い設計と、もう一つは食事の配膳の関係です。

欧米では厨房施設に隣接して一般乗員の食堂 (mess room) を設け、半セルフによる配食方式としました。 しかしながら、旧海軍では結局この乗員食堂による方式は採られず、烹炊所から (半) オープン区画の居住区まで運び、ここでテーブルに各班単位で食器に配食のうえ班員一斉に喫食する方式のままでした。 このため、テーブルと長椅子の上にハンモックを吊るしかスペースの余裕が無かったのです。

次の写真は、海兵団における配膳、喫食の様子ですが、この方式がそのまま艦内でのものでした。


   


旧海軍では 「大和」 型になって部内では 「大和ホテル」 と揶揄されるほど居住性が向上し (もちろんこれまでに比べれば、ということですので念のため) 初めて一般乗員もベット方式となりましたが、これは裏返せばそれほど船体が大きく、スペースに余裕があったということでもあります。


 

 ハンモックとベットの寝心地


ハンモックというのは実際に体験したことのある方ならお判りいただけると思いますが、実は寝心地は大変に良いものなのです。 特に寒い時期には体をすっぽりと包み込みますので、快適とも言えます。


   

( 海兵団におけるハンモックでの就寝例 )

余談ですが、NHKの 『坂の上の雲』 で、加賀の日本劇場の三笠セットにおいて夜のハンモックでの就寝シーンのロケがありました。 この時、カメラや照明の位置を変えなが何カットか撮ったのですが、その都度セットアップと準備で10〜20分くらいずつ時間があり、出演の人達はハンモックに入ったままに。 丁度涼しい時期でしたが、その待ち時間の間に気持ちが良くてグッスリ寝てしまい、イビキをかいている人も (^_^)

( NHK 「坂の上の雲」 ロケ時の管理人撮影 )

欠点は、スッポリ体を包み込むために、寝返りをうったり手足を伸ばすのには不自由なことです。 これを少しでも改善するために、旧海軍の古参の下士官などでは棒をハンモックの前後に差し入れて幅を多少広げることをしていた者もいました。

また、吊ってあるハンモックへの上り下り (出入り) には多少コツが要りますので慣れが必要ですし、そして何よりもプライバシーの点では劣ります。


では動揺によりそのまま揺れる固定されたベットはどうなのか?


ローリングといってもガタガタ揺れるわけではありませんし、大しけの時に波・うねりを真横から受ける様な下手な操艦はしません。 それでもかなり揺れますので、余程の場合は腹這いになってマットと枠を両手で抱き抱えるようにするほどです。

現在ではほとんどの艦艇ではフィン・スタビライザーを装備していますので、5度以上揺れることはありません。 ただし、このフィン・スタビライザーは12ノット以下では効果がありませんから作動を止めますので、この場合横からの波・うねりを受けるときにはそれなりにローリングが生じます。


( 護衛艦 「あさかぜ」 (フィン・スラビライザー無し) の第2甲板後部の例 )

( 護衛艦 「きりしま」 (フィン・スラビライザー有り) の第3甲板後部の例 )

それでも、私はこのフィン・スタビライザー装備以前の護衛艦も何隻か勤務しましたが、波・うねりによる動揺で寝られなかったという経験はありません。 船酔いもしないから、ということでもありませんが。

因みに、私が現役の時に経験した最大の動揺は、昭和49年4月に潮岬沖において護衛艦 「あおくも」 での片舷52度でした。

もっとも、大時化の時にユックリ私室のベットで寝ていられる様なことは、艦長以下少なくとも幹部なら普通はあり得ませんが (^_^)


なお、現在のレジャー用のハンモックと言われるものと艦船のものとは別物です。 アマゾン川の川下りで、観光船の後甲板に横向きにレジャー用のハンモックを吊り、これを経験した観光客が “適度な揺れと風に吹かれながらで大変に快適だった” などと記しているものも見かけますが、これなどは平水での単なる遊び用途ですので、本項でご説明してきた艦船でのハンモックとは全く次元が異なる話ですし、そもそも海の上とは全く違いますので。



( ネットからお借りしました )







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 最終更新 : 23/Aug/2020