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第3話 「だいい」 か 「たいい」 か |
かつてネット上のNHK 「坂の上の雲」 の関連スレで、
海軍大尉 (だいい)、海軍大佐 (だいさ)、陸軍大尉 (たいい)、陸軍大佐 (たいさ) なのに海軍で 「たいい」 と呼んでたのがおかしい。 艦 (フネ) なのに 「かん」 と呼んでたのもおかしい。 基本的な軍事考証がなってないので駄作決定。
という書込がありました。 これなども旧海軍についての “まことしやかに” の一つですね (^_^)
確かに、今次大戦の末期には、旧海軍内の “一部において” 「だいい」 「だいさ」 と言わせていたところがあることは事実です。 そして、戦後になって、さもこれが海軍での一般的、普遍的な呼び方であった如くされてしまっています。
その元々の発端は不明です。 陸軍と一緒にされたくないと思う一部の者が始めたのか、あるいは後述のことが切っ掛けなのか。
しかし残念ですが、旧海軍でも 「たいい」 「たいさ」 が正解であり正式 です。 もちろん、文字にする場合も、会話の場合でも、です。
最も判りやすい例を示しましょう。 ↓ は昭和13年に発行された 中島武海軍少佐の手になる 『海軍物語』 4部作 の内の、『昭和の海軍物語』 からその1ページですが、この4部作 (幕末、明治、大正、昭和) の総てのルビで同じです。 現役の海軍将校の著書であり、したがって海軍省の校閲済みであることは言うまでもありません。
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もう一つ。 明治期から今次大戦の終戦まで 『海軍須知』 という小冊子が発行されてきました。 これは海軍について概説したいわゆる 「入門書」 ですが、海兵団など海軍部内においても広く活用されてきたものです。 当然ならが海軍省校閲。 その大正6年版から ↓
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更にもう少し刊行物からいくつかを例示をしておきましょう。 もちろん何れも海軍省校閲 (即ち公認) のものであり、かつ著者・編者はいずれも海軍軍人・軍属又は海軍関係の専門家です。
1.『海軍画話』 (明治30年) より
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2.『国民必読海軍一班』 (明治33年) より
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3.『海軍解説』 (明治38年) より
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4.『海上生活』 (大正5年) より
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これらによっても旧海軍は明治期以来ずっと 「たいしょう」 「たいさ」 「たいい」 が正式であり、その様に呼称させていたことは明らかでしょう。 特に2.及び3.について、「中」 「少」 には振り仮名がなく、わざわざ 「大」 には 「たい」 と振ってある ことには注意すべきです。 即ち、「だい」 ではないことを明確にしている わけです。
これを要するに、旧海軍においては 「大将」 「大佐」 「大尉」 は 「たいしょう」 「たいさ」 「たいい」 であり、「だいさ」 「だいい」 などは、 そう呼んでいた・呼ばせていた者も “中にはいた” ということに過ぎません。
ただし、海軍内でも 「ダイイ」 「ダイサ」 とする 例外が1つだけ あります。 それは、通信文です。 信号や電報などは総てカナ分かち書きですから、文中において 「大意」 「大差」 などの読み違えや錯誤を生じないように “わざと” その呼称法を定めていました。
例えば明治期の電文では次のようにです。
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また昭和期の例では、昭和17年の 「海軍部内人事通報略語」 で次のように定められています。
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( 「だいい」 「ダイサ」 と呼ばせたその理由・経緯については不詳ですが、おそらこの信号文などでの略語を正式な読みと勘違いしたためではないかと考えます。)
なお、冒頭の論評例にある 「艦」 の読み方についてですが、「かん」 と読む場合も 「ふね」 と読む場合も あります。 これも会話の中で言いやすく、かつ聞き間違いがないようにするための船乗りの慣習の一つで、「潤滑油」 を 「じゅんこつゆ」、「内火艇」 を 「ないかてい」、「右舷」 を 「みぎげん」 と言っていたのと同じ類です。
したがって、会話の中も その時その時によって 「かん」 でも 「ふね」 でも両方あり です。 当然ながら、どちらかでなければならない、などの躾けがなされていたわけでもなく、ましてやその様な決まりがあったわけではありません。
(注) : 本項で使用した画像は特記したもの以外は全て当サイト保有の史料からです。 なおご紹介した一般出版図書については、中島少佐の4部作も含め、現在ではすべて近代ディジタルライブラリーで公開されておりますので、興味のある方はご参照下さい。
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最終更新 : 11/Jul/2016