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15-2.阪神淡路大震災の48日間




 海自災害派遣部隊司令部作戦幕僚として


平成7年1月17日に生起した阪神淡路大震災において、海上自衛隊は呉地方総監 加藤武彦 海将を指揮官とする災害派遣部隊を編成してこれに当たりました。


この時、私は呉地方総監部防衛部第三幕僚室長として10ヶ月が経過し、三室室員及び防衛部の各幕僚室とともに各種災害派遣を経験してきたところであり、防衛部長 川村成之 1佐以下の連繋の取れた一つの良きチームとして動き得るまでになっていました。


その防衛部各幕僚室のチームをもってこの災害派遣部隊司令部を構成し、加藤海将の下で任務に当たったわけです。


当時のことは、(公財) 「水交会」 から請われてその 『海上自衛隊苦心の足跡』 シリーズの 『第5巻 船務・航海』 に 『阪神大震災の思い出』 と題して私の回想を投稿いたしました。 まずはこれをお読みいただくのが一番よろしいかと思います。



( 左クリックにて別枠表示します )


もちろんこの記事の内容以外にも書きたいことは沢山あるのですが、当該回想記は紙幅の制限もあり、また水交会の刊行物という性格上、この程度のものとなってしまったことは致し方ないこととご了解下さい。




 海上自衛隊災害派遣活動の概要


上のものは、あくまでも海自災害派遣部隊司令部作戦幕僚としての私一個人の所見に過ぎません。 それでは、この時の海上自衛隊としての災害派遣の全貌はどうだったのか、です。

まず、これについて 『海上自衛隊50年史』 に次の様に記されています。 これが海上自衛隊の公的な通史における記録の全文です。



『海上自衛隊50年史』 第6章 第4節 第3項

( 同 年史 DVD より引用 )


年史の中の一つの項に過ぎませんのでこれだけです。 では、詳細な活動の記録はというと、災害派遣終了後に派遣部隊司令部であった呉地方総監部から 『阪神・淡路大震災に伴う災害派遣詳報』 (呉監防3第872号 (7.5.11) 別冊) が作成されております。





これは指揮官であった呉地方総監から海上幕僚長に提出された報告書ですので、残念ながらいまだに一般には公開されておりません。 しかしながら海上自衛隊においても、今ではどこにどれだけ残っているのか ・・・・


この報告書は、私がその原案を書いてから転出したものですが、内容的にはほぼ原案のまま採用されています。 そしてこの原案作成にあたり、災害派遣中の主要電報や文書類をコピーして (原紙は各項目ごとファイルに綴って防衛部の保管用のフォルダーを作り) 作業紙としました。 この作業紙を事後の私の勤務参考として活用するべく、整理し直して纏めたものが下の写真のものです。



また、平成12年に海幕教育課が訓育の参考事例集の一つとして、加藤呉総監から 「みねぐも」 乗員まで17名の回想を集めた 『阪神、淡路大震災出動』 を印刷、部隊配布しました。





しかしこれは、回想集としてはそれなりに価値があるものの、隊員の訓育用事例集としてはあまり適切ではないことは明らかです。 すなわち、回想はあくまでも各個々人が体験し、あるいは見聞きした範囲内における主観に基づくものであり、必ずしも事実との正誤が取れているわけでありませんし、災害派遣の経過記録が添付されて読者をしてその中でこれら個々人の所見の適不適を判断できるようになっていません。


したがって、自衛官のしての勤務上の心構えなどとして、ましてや個々の回想に海幕教育課による 「指導のねらい」 などが記されているのでは、隊員をして誤誘導するの可能性が出てきます。 実際、中には当時現場にあった私の目で見ても、あまり適切とは思われない回想も含まれています。







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 最終更新 : 18/Jan/2015