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5-1.迷砲術長(前編)



江田島の第1術科学校での1年間にわたる 「幹部中級射撃課程」 を修業し、「射撃幹部」 という特技名を付与されて、晴れて正式な “鉄砲屋” となったわけですが、修業後の補職先は護衛艦 「あまつかぜ」 の砲術長でした。


幹部中級課程修業者は科長職に就くことを前提としていますから、当時でも砲術長などの配置は中級課程入校前の者の配置と見なされてました。


砲雷長、機関長、航海長など、艦の基本的な組織を構成する科の長、つまり科長は “補職の職” と言って、海幕の人事発令は “「〇〇」 砲雷長を命ずる” などとなります。 しかし、砲術長というのは海上自衛隊の人事上の取り扱いでは単なる艦艇の一乗り組み幹部に過ぎません。 つまり、砲術長は初級幹部の配置である通信士や砲術士などと同じで、あくまでも海幕の人事発令上は “「〇〇」 乗り組みを命ずる” であり、それを受けて艦長が “砲術長に指定する” とするのです。


しかも、「あまつかぜ」 は時既に艦齢18年を間近にしており、ターター・ミサイル・システムを搭載しているとは言え、砲術長が担当する砲熕武器は3インチ連装砲x2基、射撃指揮装置に至っては先の大戦時に特攻機用に開発されたMK63という骨董品です。


修業式を間近に控えて課程担当教官からこの補職内示を聞いた時には、ハッキリ言って少々ガッカリしました。


幹部中級課程を出るわけですから、当時大量建造が始まったばかりの新鋭 「はつゆき」 型とはいかなくても、せめて 「くも」 型あるいは 「ちくご」 型の砲雷長を、そしてできれば副長兼務の補職を期待していたのは、当然と言えば当然でした。


よほど幹部中級課程での出来が悪かったのか、あるいはそれまでミサイルやシステムばかりやってきた反動人事か?


少々気落ちした気分で、定期検査、つまり4年に一度の大がかりな検査・修理のために造船所に回航されていた 「あまつかぜ」 に着任しました。


ところが着任してみると前任者が申し継ぎのために待っていてくれました。 海上自衛隊では人事発令日には次の配置に着任しているのが “しきたり” で、前任者が申し継ぎのために後任者を待っているようなことは指揮官配置など余程のことでなければ無いことです。 ましてや造船所へ長期間の修理のために入ったような “非可動艦” では、です。


そこで知らされたのは、この修理期間中に射撃指揮装置をMK63から 「はつゆき」 型などに装備が始まったばかりの国産の2型に換装する “特別改造” でした。



換装前 (射撃指揮装置Mk63) 換装後 (国産射撃指揮装置2型21D)
(注) : 写真では艦橋天蓋前端に砲台監視カメラが取り付けられていますが、これは私が転出した以後のもの
写真は何れも月刊誌 『世界の艦船』 掲載のものをトリミング

それなら、ついでに砲も導入が始まったばかりのOTOの76mm砲x2基か、それとも既に実績のあるMk42の5インチ砲x1基にすれば、と思うのですが、そこが海上自衛隊が海上自衛隊たる所以でしょう、“予算が認められない” の一言。


そして申し継ぎの中身は、早い話、海幕の担当者が考えたことはMK63を国産2型に “ただ単に置き換える” ということだけで、どうしたらこれと有人砲とを組み合わてうまく使えるようにするか、ということは全く考えられていないと言うこと。


つまり、砲手 (装填員) を含め7名もの人員が砲台に乗って操作する “有人砲” をどうしたらうまく自動操縦の “無人方位盤” の射撃指揮装置で管制できるか? それをお前がこれから実際に物を見ながら考え、自分で実現できるようにしろ、と言うことでした。


特に問題なのは、無人の方位盤で有人の砲台をブンブン引っ張り回すわけですから、射撃中などに指揮装置の管制卓で思わぬ操作してしまった場合や方位盤が予期せぬ動きをした場合などには、それに伴って砲台も突然急激な動きをするため砲台員にけがをさせる恐れがあると言うことです。


射撃管制室やCICで砲台の動きをモニターするための監視カメラさえ設置の予定はありませんでした。 下手をすれば人命にかかわる大事故にもなりかねません。


ここにきてやっと何故幹部中級課程修業の者が補職されたかが判ったような気がしました。 ある意味、人身御供のようなものだ、と。 (本当のところはどうなのは知りませんが。)



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着任した翌日からは毎日、朝から晩まで、射管長 (射撃管制員長) と一緒に改造図面を検討したり、改造工事現場を見たり、造船所やメーカーの人達と話をしたり・・・ ともかくこのことにかかりっきりで勉強しました。


射管長以下の射管員の中でこの国産2型についての正規の教育を受けた者は、新しく配属されてきた3等海曹1名だけという状況でしたから、彼ら自身の苦労も並大抵なものでなかったことはご想像いただけると想います。


そして、知れば知るほど現在の海幕が作った換装計画では不十分・不都合であることが次々と明らかになってきましたので、その都度換装工事の責任を負う横須賀造修所の武器監督官に改善・修正を要望しました。


監督官というのは、防衛庁と造船所とで締結した工事請負契約に基づき、その工事が適切に実施されているかどうかを監督・検査する責任を負う造修所や調達実施本部の技術幹部のことで、契約ごとに個人名で指定されます。 (正確には、監督官と検査官の2つに別れますが、通常は同じ人物が両方を兼ねます。)

したがって、造船所が実施する工事について、現在の規則上では当の艦艇の乗員には艦長も含めて権限は全く何も無く、監督官に要望や意見を言う以外には実質的に何も出来ない、というちょっとおかしな仕組みになっています。

ただし、検査官でなく監督官の方は契約時にその工事内容に関する「仕様書」の中で艦船乗員でも個人名で指定することは規則上でも可能なのですが、どこのお役所でもそうですが、自分達の既得権を他人に譲るようなことはしないことは、海自の技術畑でも同じことです。


しかしながら、返ってくる答えは判で押したように “取りあえず今のままで使ってみて、もしそれでも具合が悪ければ、規則で提出が定められている使用実績報告書に書いてくれ。 それを見てから考える。” でした。 海幕の武器課や装備体系班 (当時、現在は課) の担当者に問い合わせても全く同じ回答。


これではラチがあきませんので、着任後約4ヶ月がたった時点で艦長に相談して、それまでに私が考えたものの内から取りあえず20項目を選んで、「あまつかぜ」 艦長から横須賀造修所長宛の改善要望に関する公式文書として出すことにしました。


ところが このような公式文書を出すなどは規則にも前例にもないこと であり、海幕技術部を初めとする技術畑の人達のご機嫌を損ねることになりました。 公式文書で出されてはそれに対して何らかの正式な対応をせざるを得ず、その上しかるべき上の者に何故このような文書が出たのかの理由も含めてその対応結果を報告せざるを得なくなりますから、実務を担当させられている自分たちのメンツを潰されたと感じたのでしょう。


結局、造修所長は私の書いた要望書の内容を実施することは既に造船所と契約を交わした自分の所掌範囲を超えるものであるからと、内容に対する妥当性についての所見などは一切付けずに、そっくりそのまま海幕へ転送してしまいました。


海幕は海幕で、現在の特別改造工事の内容は海上自衛隊の年度業務計画で既に決まっていることであり、予算もそれに応じた分しか大蔵省 (現在の財務省) から認められていないから、と言うことで、結局は総て翌年度以降の “使用実績を見てから改めて検討する” でした。


そして明らかに図面作成時のミスと考えられるような単純なもの以外はほとんど対策を採られないまま、翌年3月に 「あまつかぜ」 は射撃指揮装置換装の特別改造工事と艦の四年毎の定期検査・特別修理を終えて“可動艦” となり、艦隊に復帰して再び元の通常訓練が始まりました。


しかしながら、国産2型に換装して 海上自衛隊唯一の “極めて特異な” 砲熕システム になったからと言って、別にその性能を確認するための実用試験や運用試験などが海幕で計画されることも、実施もされることもなく、訓練射撃の年度割り当て弾数が通常より増やされるわけでもなく、ただ単に普通の群訓練の中での普通の射撃訓練としてその実績を見るようになっていたに過ぎませんでした。


海幕の担当者達に言わせれば、3インチ砲は言うまでもなく、国産の射撃指揮装置に置き換えたからと言って、特段これと言うことは無いだろう、と言うことです。 その程度の認識しかできずに、単に海幕に勤務しているという事だけでの自称 “エリート” 達が沢山いたのです。


運用を初めて半年たったその年の秋、結局前年度の換装工事中から私が主張してきたこと総てが正しかったことを確認しましたので、その年度の私の 『幹部対策課題答申』 として、残りのものも加えた全26項目の問題を取り上げ、それに対する改善案を含めた 『FCS-2-21D − 50口径3インチ連装速射砲の武器システムの問題点について (副題 : FCS-2-21Dの使用実績について) 』 として纏めました。

これは第1護衛隊群の年度優秀課題答申には選ばれましたが、海自でたった1つしか無いシステムについての内容では砲熕武器に関する汎用性・一般性が無く海自全体に対する参考とはならない、とのことで海幕優秀課題答申には推薦されませんでした。


幹部対策課題というのは、3尉から3佐までの間毎年、特別な配置にいる場合を除いて総員が自分でその時の配置・職務に関するテーマを選んで研究をし、それを論文形式に纏めて提出するもので、勤務評価の対象の一つとなります。 海自全体に参考となる優秀な答申は群レベル単位ごとに海幕に挙げられ、そこで選考されたものは海幕優秀課題答申として印刷されて部内配布された上、答申者には海幕長から第4級賞詞が授与されます。


続いて、私の幹部対策課題答申の内容をキチンとした規定の形式に纏めなおした正規の 『使用実績報告書』 を出しましたが、それに対する海幕での検討結果はどうなったか知りません。


私が 「あまつかぜ」 砲術長の職を離れた後になってから平成7年に 「あまつかぜ」 が除籍となるまでの間に、砲台監視カメラの設置を含めて、私が提出した改善要望の内のいくつかは実現したようですが、どこまで達成されたかは残念ながら確認する機会がありませんでした。


それはともかく、私がいわゆる海自の技術畑に対して大きな不信感を抱いた2番目の出来事となったことは確かです。 (1番目については、またいつかこのコーナーでお話することにします。)



(後編へ続く)







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最終更新 : 26/Feb/2012