射撃指揮装置概説



艦砲射撃に関連して、おそらくその名称はよく知られていてもその実態となると今ひとつというか、サッパリというものの一つがこの射撃指揮装置ではないでしょうか。

その原因は、普通の兵器の様に、例えば大砲や魚雷、レーダーなどと違って、この射撃指揮装置だけではその性能要目などが一般の方々にアピールしにくいこと、その機能構造がほとんど知られていないこと、そしてなによりも、これについて判りやすく書かれたものがないことが挙げられると思います。

本項ではまずその 「射撃指揮装置とは何か?」 ということについて、次の順序で簡単にお話しします。 そのあとは、旧海軍あるいは米海軍などにおける具体的な指揮装置についての項目をご覧いただいて、理解を深めていただくことになります。


  射撃指揮装置とは
  射撃指揮装置の発展経緯
  射撃指揮装置の基本構成
  射撃指揮装置の分類と方式


現在においては射撃指揮装置は、ミサイル用 (MFCS、Missile Fire Control System) と砲用 (GFCS、Gun FCS) の2つに分類されますが、本項では特に断らない限り後者についてです。

また、日本語にすると “射撃” 指揮装置にはなりませんが、“FCS” ということでは 「発射指揮装置」 Torpedo Fire Control System、「水中攻撃指揮装置」 Subsurface Fire Control System などがありますが、本項の説明からは除きます。

 

 射撃指揮装置とは


「射撃指揮装置」 (Fire Control System) とは何か、と言うと、ある意味その名のとおり “射撃の指揮を行うための装置” ということですが、もう少し正確に言うとすると、射撃指揮のために “射撃理論を具現化したもの” と言えます。

例えば、旧海軍では次の様に定義しています。


砲仰角、砲旋回角、信管秒時の射撃諸元を計出し、これを砲側に伝える一連の装置



即ちこの 「射撃諸元の計出」 ということが「射撃理論」そのものになります。 この射撃理論については既に 『射撃理論 初級編』 でお話ししておりますので、まだの方はそちらをざっと一読ください。

それでは、この射撃指揮装置というものは具体的にどのようなものなのか、射撃理論をどのように具現化しているのかと言うことになりますと、それは各国海軍ごとにその発達の経緯が異なり、またそれぞれに考え方が異なりますので、なかなか “これだ” ということが難しいものがあります。

つまり、現在においては 「射撃指揮装置」 といえば概念的にほぼ同じものの意味として使われますが、まだ発達の最中であった第2次大戦頃までは一つの定義として決まってはいませんでした。

即ち、「射撃指揮装置」 と名付けられた具体的な一つの装置を示す場合がありますが、もう一つは、複数の装置 (射撃指揮兵器) を総合してその様に呼んでいる場合があるからです。

例えば、「大和」 型に装備された46糎主砲用の射撃指揮装置ですが、これは 「九八式方位盤照準装置改一」 と 「九八式射撃盤改一」 を中心にして、関連する装置を併せたものを “通称として” 「射撃指揮装置」 と呼んではいますが、「九八式射撃指揮装置」 という名称の装置があったわけではありません。

また米海軍においても、例えば一般に 「Gun Fire Control System Mk-38」 と称されるものについても同様です。 これは 「Gun Director Mk-38」 「Rangekeeper Mk-8」 「Stable Vertical Mk-41」 及び 「Radar Equipment Mk-8 / Mk-13」 を主体としたシステムのことで、これらを総称して 「Gun Director Mk-38 System」 と言う場合がありますが、しかしながら 「GFCS Mk-38」 という名称は存在しません。 これは Mk-34、Mk-37 などにしても同じです。

その一方で、今では 「射撃指揮装置」 と言えば、最初からこれらのものを1つの装置として開発されたものを言うのが一般的です。 例えば、現在の海上自衛隊では次の様に定義しています。


射撃指揮装置とは、目標の捜索、追尾、未来位置の予測等により、射撃に必要な発砲諸元を計出する装置をいい、射撃用の照準装置、測的装置、発砲諸元計出装置、通信装置、操縦装置、動揺修正装置等で構成される。



そして実際に 「GFCS Mk-86」 「射撃指揮装置2型−12」 と言う様に一つの統合された装置となり、かつ制式名称が定められています。

もう少しこの辺の事情を補足しましょう。

 

 射撃指揮装置の発展経緯


射撃指揮装置、というより射撃指揮兵器の始まりについては 『砲術の話題あれこれ』 の 『第2話 明治戦争期の旧海軍の砲術』 の中でも出てきましたが、その最初のものが 「測距儀」 (Range Finder) です。 1888年に Archibald Barr と William Stroud の二人によって考案された基線長4.5フィートもの (日本海軍の制式名 「武式一米半測距儀」 ) をもってその嚆矢とします。


      

   ( 旧海軍の武式一米半測距儀  右はHN 「hito」 氏が記念艦 「三笠」 に寄贈した実物 )


それまでの目測、あるいは六分儀や 「Stadimeter」 と言われるものにより角度を測って距離に換算する方法で行われていましたが、この測距儀によって刻々と変化する彼我の距離を簡単かつ正確に測れるようになりました。 これは艦砲射撃にとっては画期的な出来事の一つです。




次いで誕生したのが 「変距率盤」 (Range-Rate Table、英海軍では一般的に Dumaresq) と「距離時計」 (Range Clock、後に Rangekeeper と改称) でした。 共に1900年頃に英海軍で発明されたものです。


     

( 明治41年当時の変距率盤 (左) と距離時計 (右) )


これらが初期の射撃指揮の “三種の神器” であり、3つが揃って初めて近代砲術の誕生が可能となりました。 そして砲術の進歩と共に、射撃指揮兵器も逐次改善・改良がなされ、後に 「変距率盤」 は 「測的盤」 へと発展し、また 「距離時計」 は射撃計算を行う 「射撃盤」 の一部となっていきます。

英海軍では 「変距率盤」 と 「距離時計」 の機能を作画によって求める 「距離曲線盤」 (Range Plotter) へと進み、これが 「射撃盤」 の一部となります。 1911年に実用化された 「Drayer Table」 はこの射撃盤として統合された最初のものと言え、これが各国において発展していくことになります。


( 初期の Drayer Table )


その一方で、近代射法としての一斉打方確立のためには、目標の照準を各砲それぞれの砲側で行うのは射弾精度に問題があることから、これを一個所で行う必要性が出てきて 「方位盤」 の誕生を見ます。 これも英海軍の発明で、1905年の事とされています。


( 英海軍の初期の Vickers 製方位盤 )


帆船時代にも一舷打方を行うための 方位盤 Director がありましたが、これは照準というよりは、集弾のため片舷の各砲の方位を合わせるための単なる基準方位を設定するためものでした。 近代的な方位盤はいわば全ての砲側の照準器を一つに集約したものと言えるでしょう。

そして当然ながら、この測距儀 (後には射撃用レーダー)、方位盤、射撃盤を中心として関連する装置が一つの有機的な機能として組み合わされ、近代的な射撃指揮装置へと進みます。

とは言っても、例えば水上射撃を主とする平射用と対空射撃を主とする高射用の射撃指揮装置でも、それぞれにおいて複雑な発展過程を経ることになますし、また各国海軍ごと戦術や砲術の思想が異なりますので、これが具体的な射撃指揮装置のあり方の差異となって現れてきます。


この各国海軍における射撃指揮装置の発展経緯の詳細については、本 『砲術講堂』 の中で別途項目を設けて解説していきたいと思います。

現在では砲/ミサイル・システム、射撃指揮システム、捜索武器システムなどが統合された 「武器システム」 Weapon System となり、更に進んで艦の 「戦術情報処理システム」 NTDS (Naval Tactical Data System) と統合された 「艦艇戦闘指揮システム」 CDS (Combat Direction System) となってきています。 その最も進んだものが 「イージス戦闘システム」 Aegis Combat System であることは皆さんご承知のとおりです。


( Terrier Weapon System)



( Aegis Combat System )


 

 射撃指揮装置の基本構成


旧海軍と米海軍の場合では、元々の射撃指揮兵器の発達の仕方の違いによって、射撃指揮装置としてシステムを構成する様になってもその違いを継承して多少異なる形態ものとなっています。


 (1) 米海軍の場合

米海軍における射撃指揮装置の代表的な基本構成は、次の図のとおりです。 これは大口径砲の平射用射撃指揮装置でも、高角砲の高射用でも基本的には同じです。




米海軍の場合、測的盤、射撃盤というそれぞれが独立した機器として発達せずに、距離曲線盤を中心とする測的機能がメインであり、それに射撃計算機能が付加された形で発展してきました。 このため、その名称も 「Rangekeeper」 を継承しています。

下に示すのは大口径砲平射用の代表である Mk-8 Rangekeeper です。





そして、「Stable Vertical」 という照準線に対する水平・垂直を保持する特殊なジャイロ装置が重要な構成機器として装備されているのが特徴です。


   

( 左 : Stable Vertical Mk-41  右 : 同左のジャイロ部分 )



 (2) 旧海軍の場合


旧海軍における平射用の射撃指揮装置の代表的な基本構成は次の様になっています。




Aは方位盤照準装置、Bは測距儀又は/及び電波探信儀、Cは測的盤、Dが射撃盤になります。 この内、Cが点線枠表示となっていますが、この機能が射撃盤に組み込まれているものもありますし、測的盤として独立している場合もあります。

これに見られる様に、旧海軍においては射撃指揮に関するそれぞれの機能がそれぞれの装置としてより細かく分割されて発展していき、それらがやがて一つの射撃指揮装置として統合されていくことになります。


( 九四式高射装置の機構系統図 )


 

 射撃指揮装置の分類と方式


射撃指揮装置はその発達の経緯から、基本的には主として水上 (陸上) 射撃用の平射射撃指揮装置 Surface FCS と、高角砲及び機銃の対空射撃用の高射射撃指揮装置 Anti-air FCS とに分けられます。 もちろんその両用の機能を備えたものもあり、現在ではこちらの両用が主流となっていることは申し上げるまでもありません。

そして、これらの射撃指揮装置では、射撃理論を具現化する方法の違いとして、大きく分けて次の3つの方式があります。


角速度式 Relative Rate System
線速度式 Linear Rates System
的針的速式



これは目標を追尾する測的の方式、特にその未来位置計出方法の違いから来ているもので、角速度式は目標の方向角及び高角及び距離の変化率を用いる方法であり、線速度式は目標の運動を直角座標の3軸又は2軸に分解する方法です。

ただし、角速度式と線速度式は、実際にこれを指揮装置で具現化するにあたり、日本海軍と米海軍とではその考え方が若干異なっており、またその具現化の方法により様々な種類 (解法) が考えられています。 これについては大変複雑な話しになりますので、本 『砲術講堂』 中の日米両海軍の射撃指揮装置の解説の所で詳しくお話しする予定です。

代表的なものとしては、角速度式では旧海軍の二式高射装置、米海軍の Mk-57、Mk-63 など、線速度式では日本海軍の九五式高射装置、三式陸用高射装置、米海軍の Rangekeeper Mk-8、 Computer Mk-1A などがあります。

的針的速式は、測定又は推定した目標の針路・速力で未来位置を計出する方式で、理論的にも構造的にも最も簡単であり、初期の射撃盤はほとんどがこの方式です。 代表的なものには、旧海軍の平射用の各種射撃盤、25ミリ機銃などに装備されたLRP照準器の系列など、そして米海軍の平射用補助射撃指揮装置である Mk-6 などがあります。

なおこれらの方式の理論的な問題及び各方式の利害得失などの詳細については、ゆくゆくは 『射撃理論 上級編』 (現在の公開は 初級編 まで) でお話しすることになるかと。







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最終更新 : 27/Apr/2014






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