Home へ

2-4-補足.遠洋練習航海あれこれ



さて、13回にわたり昭和49年度の世界一周の遠洋練習航海の思い出をお話ししてきたわけですが、最後にちょっと補足をしておきたいと思います。



 遠洋練習航海

  (1) 遠洋練習航海とは?

申し上げるまでも無く、遠洋練習航海というのはその年の3月にに幹部候補生学校を卒業して内地巡航を終えた一般幹部候補生(防大出の1課程、一般大学卒の2課程、一般大学出で技術幹部要員の3課程)に対して、初任幹部として以後の勤務に必要な基礎的知識と技能を習得させるとともに、慣海性を養うことにあります。 そして、練習艦隊総員の国際的な視野を育成すると共に、訪問する諸国との友好親善に寄与することも大きな目的であり役割です。


このため、日本が一国家として諸外国へ練習艦隊を派遣するという公式訪問ですから、練習艦隊司令官や各艦艦長などはその公式訪問に伴う表敬、公式行事など国際儀礼上の立場で多忙を極めることになりますし、各艦においても昼食会や艦上レセプション、艦内公開などの諸行事が大きな比重を占めることは致し方のないところでしょう。


そして、実習幹部に対しては、航海中の訓練や作業を通じて艦艇勤務を理解、経験させると共に、寄港地においては “制服を着て” 研修させることはその通りであるでしょう。



  (2) 遠洋練習航海における実習幹部

しかしながら、実習幹部とは言ってもその総員が遠洋練習航海後に艦艇職域の実務に就くわけではありません。 昭和49年度の実習幹部175名のうち、25名の3課程出身の技術幹部は将来とも全く艦艇勤務に就くことはありませんし、防大卒や一般大学出身の一般幹部でも、航空職域や経理補給職域の希望者もおり、“まあ艦艇に行けと言われればその時はその時” くらいに考えている者も多いわけです。


したがって、実習幹部で私のように “絶対に船乗りになって” と考えているような者はむしろ少数、というより僅かな者、と言うことになり、大部分、大多数の実習幹部は、航海中の訓練、実習は “こういうもの” という体験、見学のつもりであり、寄港地でのことも含めて遠洋航海は楽しめば良いと思っている、ということになります。 当直実習など “今後の実務に必要だから” と一生懸命になるつもりはまずないわけで。


で、練習艦隊としては、これらの実習幹部のどこにその遠洋航海中の主眼を置くのか、ということになります。



昭和49年度の遠洋航海において、「かとり」乗組みの海曹士はその職務遂行において優秀であったと思います。 私など艦艇勤務希望の者にとっても、艦艇運用上彼等から学ぶことは多く、大いに将来の勤務上の参考・見本となるものでした。



ところが、問題は「かとり」士官室の陣容と姿勢であったと思います。 「かとり」士官室の幹部は、基本的に実習幹部に “見せて体験させれば” 良く、あとは自分達自身が遠洋航海を楽しむことにあった、と言えるでしょう。


したがって、私のような艦艇勤務希望者に対しては、“自分達でやれば”という態度で、艦艇乗組みの幹部の実務を積極的に教えるという姿勢に欠けていたと言えます。 ですから、彼等から実務に就いた時の個々の具体的な遂行要領を習ったことはありませんし、また寄港地では実習幹部の研修に監督・監視の役目として割り当てられて付いてくる者以外は、自己の手が空いたらサッサと私服に着替えて上陸していくのが常でした。 実習幹部を引き連れて一緒に寄港地の散策に出かけようなどということは一度もありませんでした。



このため、航海中は艦艇勤務希望者はそれ以外の実習幹部に課せされるもの以上に自分で一生懸命に研鑽、研究をしなければならりませんでした。 これはプラスαであり、かつ「かとり」幹部からは何ら積極的に指導、教育を受けることは無かったからです。


しかしながら、「かとり」士官室としては “見て、体験する” 以外に、艦内行事や乗員同士で行う寄港地講話などに積極的に顔を出し、参加する実習幹部の方が “やる気がある” と見られて評価が高く、艦艇勤務希望者がプラスαでの勉強に勤しむために忙しく、それらになかなか参加する余裕のない日常は逆に評価が低くなります。 そしてこれが、直接実習幹部の指導には関与しない練習艦隊司令部の幹部にそのまま伝わるわけです。



さて、遠洋練習航海で私達実習幹部はどうすべきだったのでしょう ? 結果としては、練習艦隊での遠洋航海を楽しんでも全く問題は無く、遠洋航海後の初任幹部とはそんな程度のものと艦隊側でも受け取っている風潮もあったことは事実です。


しかしながら、自ら艦艇乗組みを希望して、練習艦隊において艦の運航の実務を一生懸命研鑽、研修した結果としては、例えば私などは護衛艦の通信士、実態は航海士でしたが、その実務においても、また副直士官勤務に於いても、全く問題は無く、ただ個艦ごとに多少異なるやり方に合わせることだけ慣れれば良いことでした。


これを要するに、練習艦隊における実習幹部に対するものは、もう少しその職種や補職の予定によって細かく分けて、それに合った実習を行って行く必要があったのでは無いでしょうか ?



 公式行事などへの実習幹部の参加


各寄港地において、司令官・各艦長などの表敬訪問などに随伴した実習幹部がいるのかもしれませんが、これについては判りませんし知りません。


また、各寄港地において実習幹部の一部が参加した研修や寄港地での駐在日本大使の公邸などでのレセプションなども少なくとも私がいたD組ではありませんでした。


それに、各寄港地で実習員によるサッカー、バレーボール、ラグビー、軟式野球のチームが編成されて地元チームとの試合が行われましたが、これにも私達のD組からはチームのメンバーは出なかったように記憶しています。



  
( 「かとり」 アルバムから )


私達のD組というのは、内地巡航を「あおくも」で実施し、遠洋航海前に横須賀で「かとり」に移ったグループです。 これからすると、遠洋航海出発前の内地巡航の間に上記に参加する実習幹部のメンバーは決められていたようです。


要するに、D組とは、悪く考えれば実習幹部の中でも落ちこぼれを集めたもの、あるいは良く言えば艦艇勤務希望や技術幹部を多く集めたのではと思います。


したがって、私などからすると乗艦実習での艦艇勤務のための初級幹部としての実務習得と寄港地での現地研修からすれば “余計なことに惑わされずに済んだ” と言えますが、逆には「かとり」士官室や練習艦隊司令部からすると “練習艦隊での行事等に参加しない” ことで目立つことがあまり無く、その意味での勤務点が低く扱われたのではないかと考えられます。


要するに、「かとり」艦上でそうであったように、実習幹部として航海中の訓練・実習でも寄港地でも目一杯楽しむ方が、艦艇勤務の実務習得を一生懸命頑張るよりは、実習幹部として評価されたということでしょう。


まあ、上で申し上げたように、艦艇勤務を積極的に希望するわけではなく、あるいはまた遠洋航海後に艦艇勤務に就くことのない実習幹部が大多数を占め、それに基づく実習幹部の勤務態度で良く、また「かとり」士官室がそのような姿勢であったことからすれば、まあこれは致し方のないところであるといえるでしょうが ・・・・



  (3) 寄港地における実習幹部の研修

各寄港地においては、コンゴのポアントノアールとマレーシアのペナンを除き、実習幹部総員が制服を着てバスに分乗しての研修が行われました。 しかしながら、ギリシャでのアテネ方面研修及びモーリシャスでのポートルイス周辺の研修でのそれぞれ一部区間を除き、現地ガイドは全く付きませんでした。  


各バスには司令部や「かとり」士官室の幹部が付きましたが、これはあくまでも単に実習幹部の “引率という名の” お目付け役 (監督、監視) で、彼等がガイドの代わりに行く先々の説明を出来る知識があるわけでも現地での語学能力があるわけでもありませんでした。 もちろん、実習幹部の研修に付いて行けば、制服を着なくてはならないものの、費用は全て公費で賄われ、自己負担はありませんでしたので。


これは何故なんでしょう ?  その理由には現地ガイドを手配する金銭的な問題など色々有ったのかもしれませんが ・・・・


ロンドン、パリ、ローマなどを始めとして、結果的には単に “実際に見てきた、行ってきた” だけということに。 ガイドがいれば、例え英語での説明にしろ、ガイドの周りについてその説明を聞きながら回り、それらの場所、建物、展示物などについてもう少し記憶に残る見識ができたはずです。 全く以て “勿体ない” の一言に尽きます。 パリなど夜行列車を使って往復し、市内を一日バスで回ったのに、です。


その一方で、練習艦隊両艦の乗員の研修では、結構あちこちでガイドが付いたようです。 例えば、実習幹部は行かなかったフランス・ツーロン寄港時のアビニョン方面研修の時などもです。



ではそのガイドが付かない代わりに、実習幹部に対してその研修先についての事前の説明などが行われたのでしょうか ?


残念ながら、寄港地での大使・公使や書記官などによる実習幹部に対する現地事情などの講話が行われた場合もありますが、研修での見所などの説明はまずありませんでした。


「かとり」では乗員による寄港地講話が各寄港地入港前に科員食堂で行われ、この時に乗員同士の情報交換、特に夕方以降の、が行われたようですが、実習幹部はこれに参加できる者は参加可能ということで、あくまでもその対象は乗員でした。



 かとりミニマム


ご紹介した文書やアルバム、そして私の13回に分けてお話しした思い出話の中で全く出て来なかったものの一つに 「かとりミニマム」 と言うものがあります。


この「かとりミニマム」、今では私も全く史料は残していません。 確か実務のチェックなどは全く無く、艦と乗員編成の実際について10種に区分された単に知識としてのレポート提出などの課題だけであり、その1つ1つをクリアーすると裁縫用の長い飾り布のテープを切ったものが貰え、これを台紙に張り付けて行くものです。


私はペナンを出港後に10種を全てクリアーしましたので、この胸につけるリボン状のものも全部張り付けたものが残っていたのですが、これも転居の時に処分してしまいました。 写真で残っているものもこれ1つで、メキシコのマンザニヨ寄港時のものですが、この時には課題2つをクリアーしてその布辺を張り付けています。





この「かとりミニマム」、史料が全く残っていないこともあるのですが、何故このようなものが遠洋航海で実習幹部に課せられたのかよく判りません。 ただ、この課題の管理は副長付が行っており、レポートなどを関係科長などにチェックしてもらってOKが出ると、副長付のところに行って該当する課題の布辺を切って貰っていましたので、おそらく元々は副長付の発案であったと考えられます。


それというのも、上記でお話ししたように、少数の艦艇勤務希望者以外は単に訓練や当直実習などを漫然とやって “見た、経験した” だけで、艦艇での実業務にはほとんど関心が無いままに過ごしていますし、「かとり」士官室の姿勢、態度はそれで良しとするものでしたので、幹部候補生学校での元分隊長や元幹事付であった副長付が “これではダメだ。少なくとも艦艇の実際に関する基礎知識くらいは” と始めたのではないかと。


実際のところ、前年までの遠洋航海での実習幹部たっだ先輩達や、その後の遠洋航海での後輩達からも、このようなものをやった(やらされた)ということを聞いたことがありません。 したがって、練習艦隊としての実習幹部の実習要領の一つとして定められたものではありませんでした。


とはいっても、当直実習や艦の運航に関するものなどはなく、基本的に艦の装備や業務に関することを調べてレポートなどに纏めるものでしたので、艦艇勤務希望者にとっては通常の訓練や当直実習にプラスαの形となり、これを全て真面目にこなそうとすると、結構手間暇がかかるものとでした。 このため航海中に他のことに割ける時間などはほとんど無いくらいに。


実際のところ、補給・給養などの課題は昼間にはとてもやっている時間がとれませんので、航海中の夜の夜中にレポート作成のために補給科事務室にいる者に聞きに行ったことがあります。 彼等は “補給科のことで、こんな夜中まで熱心ですね 〜” と言って喜んで教えてくれました。 そして帰りには “これでも食べて頑張ってください” とカップラーメンを一箱をくれました。


したがって、結局のところ帰国までに、技術幹部や艦艇勤務希望者以外の実習幹部では、熱心にやって全部が終わり10種のリボンをつけている者はそう多くはなかったと思います。 そして、「かとり」でも練習艦隊司令部でも、余り話題にも問題にもならなかったのではと。



 遠洋航海土産(?)のコイン


私の仕事部屋の本棚にはコインが入れてある瓶が2つあります。 1つ(左)がこの昭和49年の遠洋航海の時のもの、もう一つ(右)がその後から退職後の海外旅行時のものです。





遠洋航海で別にコレクションとして集めたということではありません。 ご存じのとおり、外国のお金は、紙幣ですと日本に持って帰っても換金してくれますが、コインはしてくれません。 そこで訪問各国に寄港した時にポケットや財布に残ったコインを瓶に入れていたのですが、帰国するまでに結構溜まりました。 


同期の中には、一抱えもある大きなワインの空き瓶に一生懸命集めて入れていましたが、あれ、今ではどうしたんでしょうねえ ? (^_^)


しかも、フランスやギリシャ、イギリスなども当時はまだユーロのコインではなく、各国の通貨でしたので、これらは今となっては珍しいかと。 それにコンゴやモーリシャス、ベネズエラなどのコインも。





その後のものの瓶の中には、NHKのマルタ・ロケでの滞在時にマルタではマルタのものだけではなくフランスやイタリアのデザインのユーロ硬貨も普通に使われておりましたので、これらのものも含まれています。 遠洋航海の時のものと比べてみるとなかなか面白いものがあります。


ただ、これらはいずれも瓶に入れて置いているだけで保管状態が決して良くありませんので、コイン収集家などのような人達にとっては価値は無いかと ・・・・ (^_^;



これ以外の他の遠洋航海土産などは当連載記事やブログのほうでもご紹介しておりますし、またお酒類は沢山ありますので、既にご紹介したもの以外については今後追加してご紹介したいと思います。







「砲術への想い」リストへ 前頁へ 頁トップへ 次頁へ

最終更新 : 03/Dec/2023