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第5話 黒色火薬と無煙火薬



かつて某巨大掲示板にて、黒色火薬と無煙火薬の違いについて次の様な質問が出ていました。


両者を比較して無煙火薬の方が紐状薬や方型薬など装薬として成形しやすいがため燃焼速度の調整がしやすいだけじゃないのか?


ご存じのとおり、無煙火薬の発明により装薬 (発射薬) としての燃焼速度を管制できるようになり、これによって艦載砲のスリム化と長砲身化が可能になりました。 この長砲身化のメリットは、初速の増大、そして砲身構造の改善に繋がります。 ( もちろん無煙火薬の利点はこれだけではないことは申し上げるまでもありません。)

したがって、この無煙火薬の利点を正しく把握することは、艦載砲の発達を語る上では大変に重要なポイントの一つになります。

結局のところ、当該掲示板ではキチンとした回答はつきませんでしたが、ご来訪の皆さんならどの様に説明されますでしょうか?


結論から申し上げると、質問事項に対する答えは 「No」 です。 黒色火薬と無煙火薬との違いは、燃焼速度遅延のための大きな形状の薬粒にし易いかどうかではありません。 薬質本来の違いからくる燃焼の仕方そのものが異なるからなのです。


黒色火薬も無煙火薬も、その製造過程においてまず 「餅塊 (mill cake)」 というものを作り、そこから所要の形状のものにすることは同じです。

黒色火薬で 「細粒」 「小粒」 「中粒」 「大粒」 (これは単に薬粒の大小を表すだけではなく、その制式名称でもあります) の場合は、餅塊から圧搾機によって薄板状のものを作り、その上でこれを更に破砕機で細かく砕いて所要の大きさの粒 (球形又は立方形) のものにします。




「六稜火薬」 の場合は、餅塊をその型に圧入して作ります。


     


したがって、黒色火薬でも無煙火薬と同様に、もし必要があるなら任意の形状、サイズのものを (多少の程度の差はあれ) 容易に作ることができます。

では、何故火砲の装薬として無煙火薬の様に大きなサイズの薬粒が用いられなかったのでしょうか? そして何故無煙火薬に取って代わられたのでしょう?


その大きな理由の一つが、黒色火薬は薬粒のサイズを大型のものにすると燃焼速度を正確、精密に制御できなくなるからなのです。

言うまでもなく、薬粒の燃焼はその表面から順次内部へと進みます。 このため薬粒のサイズを大きくすると、それだけ燃焼に要する時間がかかることになります。 つまり装薬全体の燃焼完了時間を遅くすることができます。

黒色火薬は、別名 「三昧」 と言われるように、木炭、硫黄及び硝石 (硝酸カリ) を一定の割合で混ぜ合わせた 「混合火薬」 です。 そしてこれを燃焼させるためには、大量の酸素と外部からの熱を必要とします。

すなわち、黒色火薬においては外部からの熱によって硝石を分解して多量の酸素を発生させ、これによって可燃物たる木炭と硫黄を燃焼させることになります。

このため、粉末 → 細粒 → 小粒 → 中粒 → 大粒と大きくなるにつれて、薬粒と薬粒の間に大きな空間が必要になります。 これは火焔を迅速に装薬全体に回すためです。

また六稜火薬の場合には、その形状から薬嚢あるいは薬莢の中の充填密度を高くして多くの薬量を詰めることができます。 このため、その六角柱の形状の中心に比較的大きな孔 (黒色火薬の場合は1孔又は7孔、褐色火薬の場合は1孔) が絶対必要になります。

つまり、六稜火薬のこの孔は燃焼表面積を大きくするためというより、火焔がこの中を通って装薬全体に早く伝わるようにするためのものなのです。


ここで大きな問題があります。

黒色火薬の粒状のものを通常の大気中に並べて点火しても、その点火点からシュルシュル ・・・ と燃えていくに過ぎません。 また、板状あるいは棒状に圧縮成形したものに点火した場合はそれより更に遅く、僅かに秒速数cm 〜 十数cmでしかありません。 これは上記の混合火薬という性質上からくる 「逐次燃焼」 のためです。

しなしながら、粒状薬を容器に入れて点火すると、今度は瞬時に燃えます。 熱と圧力の作用によるからです。

また、板状あるいは棒状のものをその断面より僅かに大きな筒の中に入れて点火すると、更に早く瞬間的に燃焼します。 秒速300m 〜 400mの燃焼速度とされています。 これは火焔がその装薬と筒との隙間に沿って一気に広がるからで、この現象を 「伝火」 と言います。

実は、板状あるいは棒状の黒色火薬を装薬として使用した場合、この伝火が適切に起きるか起きないか、そしてどの様に起きるのかは偏に状況・状態次第であり、燃焼速度が秒速数cm〜400mの間のどこになるのかこれを予め計算し、予測することは困難なのです。

つまり、黒色火薬では形状やサイズを変えて大型の薬粒を作っても、それに比例するごとく燃焼速度を所要の値に正確、厳密に制御することが出来ないということなのです。

したがって、黒色火薬においては燃焼速度を遅くする為に薬粒のサイズを多少大きくするのは 六稜火薬程度が限度 であり、それ以上の緩燃性を追求するためには火薬としての成分そのものを変える以外に方法が無かったのです。

この方法としてまず最初に採られたのが、黒色火薬における熱及びガス発生の主要源である木炭の質を変えることでした。

つまりそれまでの完全に炭化したもの (それ故に 「黒色火薬」 と言われる) から、300度C以下の比較的低温で不完全に炭化させたものを使う事により燃焼速度を遅くすることへと進みます。 その炭の色が褐色であったことから 「褐色火薬」 と呼ばれるものがこれで、その代表的なものが英国の 「SBC」 (Slow Burning Cocoa) 火薬です。

しかしながら、褐色火薬と言えども本来の性質は三味混合という黒色火薬そのものですから、結局のところ燃焼速度が制御可能な薬粒としては六稜火薬程度が限度であることには変わりはなく、したがって黒色火薬よりは遅くできたものの、それ以上の緩燃火薬としては無煙火薬の誕生を待つしかなかったのです。


その無煙火薬は、ニトロセルロースを基本とする化合火薬であり、代表的なものがシングルベース (単一成分) 系のNC (ニトロセルロース、Nitro Cellulose) 火薬、及びその発展型のダブルベース (二成分) 系のNG (ニトログリセリン、Nitro Glycerin) 火薬で、黒色火薬のような混合火薬と異なり逐次燃焼ではありません。

したがって、無煙火薬においては、燃焼速度 = f (表面積、温度、圧力) の関数としてその燃焼速度を厳密に制御可能です。 つまり、温度と圧力を同一条件とした場合には、その燃焼速度は薬粒の形状とサイズによる表面積の大小によって管制することができます。

これによって、大口径、長砲身の砲では単純に大型の薬粒を用いることが可能であり、薬室・薬莢内の装薬充填密度を高め (薬量を増やす)、かつ所要の正確な燃焼速度を得ることができるようになったのです。


簡単にご説明すると以上のとおりです。 繰り返しますが、これは単純に大型の薬粒が作り易いかどうかという問題ではないと言うことです。

そして無煙火薬の誕生により装薬としての燃焼速度を褐色火薬よりもさらに遅く、しかもそれを正確かつ厳格に制御できることになりました。

これにより、鋼線砲の発明と併せ、大口径砲の軽量化かつ長砲身化、そしてそれによる砲口威力の増大が可能となり、艦載砲の発展を著しく推し進めることになったのです。

その状況については、第1話中の記事 「19世紀末に戦艦主砲の口径が小さくなった理由」 の中で概略を説明しておりますので、そちらも参考にして下さい。

もちろん黒色火薬と無煙火薬との利害得失はこの燃焼速度の問題だけではないことは申し上げるまでもありません。 含有水分、発生熱量及びガス量、残渣、取扱・保管、等々のことがあり、特に小 〜 中口径速射砲における砲煙の問題は燃焼速度制御と並ぶ大きな特徴です。

下の写真は、6インチ速射砲における黒色火薬と無煙火薬の場合の砲煙を比較したものです。 これをご覧いただけば、無煙火薬の利点は一目瞭然でしょう。


   


それにしても、今日では黒色火薬 (褐色火薬を含む) については産業用火薬としてのもの以外、特に艦載砲用の詳細については、これを解説した適当な一般刊行物などがありませんね。  『火器弾薬技術ハンドブック』 などでもほとんど記載がありませんし ・・・・


(注) : 本項で使用した画像は全て当サイト保有の史料からです。






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 最終更新 : 08/Mar/2015